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ある税理士事務所の保険販売部隊

Rewrite:2014年3月21日(金)

ある税理士事務所が保険販売部門ですさまじい収益をあげている。この税理士を開業の頃から知っているが、本当にお金がない人だった。その彼が、大きな冨を築くことになった保険販売部門。その営業部隊のつくり方がユニークなのでご紹介しよう。

企業むけの節税用保険を売るこの事務所では、見込み客はすべて高額納税者名簿だ。それを分業体制で売っていく。販売部隊は、アポイント班、デモ班、クロージング班に分けられる。
アポイント班とは、名簿をたよりに片っ端から電話し、節税への関心を確認しながらアポイントを取ることが任務だ。デモ班は、アポイントのとれた見込客を訪問し、顧客のニーズ把握と商品説明をおこなう。クロージング班は、保険の提案書を持参して契約締結をせまる。このチームだけは、保険に関する有資格者でなければできない仕事だ。

さて、こうした販売分業制はほかの企業でも見ることができるのだが、この事務所のトレーニングがすごい。西洋の兵隊調練をヒントに作られているとしか思えない。
まずここで、西洋の兵隊調練についてふれておく。あえて”西洋の”と表現するまでもなく、いまや軍隊の訓練は世界中の国で大差ないと思われる。しかし、もともと日本では、古くから兵隊をトレーニングするという発想に乏しい。戦国時代の合戦を見るように、武士は騎馬で駆け、槍で突入する個人的行動である。足軽部隊を組織し、調練することは戦国時代でもわずかな例しかなかった。騎馬武者はおのれの武勇をみがきこそすれ、集団の調練はうけないし、期待もされていない。あくまで個人の技能と勇気が求められ、全体として勇敢ならば戦に勝ち、臆病なら負ける。

しかし西洋の兵隊調練は、集団のなかで動くすべをたたきこむ。それも頭に教えこむのでなく、体で覚えさせる。くり返しおなじ動作を訓練し、戦況がいかなる状況でも体が反射的に前へつきすすむようにしてしまう。
号令によってとっさに伏せ、とっさに突進し、とっさに散開する。恐怖心で体が萎縮するまえに、体がさきに反応する。こうした訓練の根底にある発想は、性悪説であり、ひとはだれでも戦闘場面では臆病なものだ、という考え方だ。

話をもどす。
アポイント班は女性社員で組織され、徹底的にトレーニングされている。毎週土曜日は、ほぼ一日中が研修だ。
研修内容は、「商品知識」「電話訓練」の2部構成で、社長と専務が交互に担当する。また、勤務時間中は、決められた休憩時間以外はトイレに行くことすら許可がいる。彼女たちに期待される結果は、所定の電話本数とアポイント数のふたつだけだ。新人で二百本の電話を毎日かける。各自の電話本数とアポイント数はエクセルで管理され、たえずパソコンのディスプレイにグラフ表示されている。とても人間的とはいえない雰囲気を想像されるかもしれないが、独自の休暇制度と高収入に支えられ、求人応募者はあとをたたない。

デモ班は見込客を訪問し、商談がおわりしだい専務に電話を入れる。この電話では、商談の最初から最後までを、こと細かに報告し、ポイントとなった場面の会話やりとりで改善すべき点を指導される。ときにはこの電話だけで1時間ほどかかるときもあるという。まさしく、西洋式の兵隊調練に似ており、社員が勤務時間中に、落ち込んだり悩んだり、考え込んでしまうような余裕すら与えない。

私たちはしばしば、営業社員に過大な期待をかける。商品知識の修得から、アポイントの電話、新規開拓から顧客フォロー、アフターサービスにクレーム対応、そして集金に会議や研修への参加などだ。これらすべてを完全にこなすには、高いモティベーションと、すぐれた自己管理力をあわせもった逸材でなければならない。そうした逸材はそんなにいない。そう、戦国に生きる騎馬武者を作ろうとしているようなものだ。

すべてにおいて「並」程度の人材でも強い営業部隊をつくるには、2つの方法しかない。一つは、誰でも売れるような商品をもつこと、そして二つ目は、この税理士事務所のような、独自の販売部隊をつくることだ。ご紹介した方法が最善とはいえないが、何らかのヒントになる考え方が潜んでいるはずだ。