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起業するなら遅れている業界

昨日からテレビドラマ『陸王』が始まった。特定のモデル企業はないと作者は言うが、どうみても特定の企業の実際のエピソードが話題の中心になっているようだ。

今のように専用シューズがない時代に、ランニングやマラソンで革命を起こしたいと、足袋屋がマラソン足袋、ランニング足袋を開発する物語。視聴率も上々の発進になったようで、今後のドラマがどのように進むのか、あえて原作を読まずに追いかけてみたいと思っている。

「起業家として参入するなら、前近代的な業界を狙え」と U さん。
U さんが1970年代に主婦の店ダイエーに入社したころの小売業はたしかに遅れていた。
他の業界にくらべ、現場にも経営にも科学がなかった。ベテラン社員の長年の経験と勘が頼りだった。なにより店が狭く、効率も悪かった。
U さんの母は「大学まで出ておきながらどうしてお前が水商売へ?」と嘆いたという。

前近代的な業界に科学性を持ち込んだ主婦の店ダイエーは小売業のあり方を変えていった。ダイエーだけではない。ヨーカドー、ジャスコ、ユニー、ニチイなど総合スーパー大手がしのぎを削って小売業の近代化を牽引した。

あれから半世紀、小売業界はテクノロジーの先端をいく業界のひとつになった。
だから「遅れている業界に科学を持ち込んで勝負せよ。そうすれば少なくとも四半世紀、うまくいけば半世紀は成長できる」U さんは今、大学の客員講師として起業家志望の学生たちにそう説いている。

「具体的にどんな業界が狙い目ですか? また、どういうアイデアで参入すればよいですか?」と学生に聞かれることがあるらしい。
そんなとき U さんは「ばかやろう。それを考えて実行するのがお前たちの仕事だ」と突き放すそうだ。
ただ、ヒントとして日本の産業史を読むと良い、と答えるそうだ。歴史のある業界(例えば小売業、建設業、製造業、金融業)ほど企業体質や慣習が昔のままであることが多いからだ。

そういう意味では「力士になって横綱になる」とか「プロ野球選手になってメジャーで活躍する」とか「大喰いの世界大会で優勝する」という挑戦は成功確率が高いかもしれない。なぜなら、練習や試合で成果をあげるための科学的な取り組みをするライバルが少ないからだ。

その好例が『失敗の科学』(マシュー・サイド著)のなかで紹介されている。
ホットドックの早喰い選手権王者、小林尊(たける)の物語だ。私は小林尊の優勝は知っていたが、その舞台裏でこんなことが行われていたとは知らなかった。実に興味深いエピソードである。

New Yorkで毎年開かれるホットドッグの早食い選手権。12分間でホットドッグを一番多く食べた挑戦者が優勝する。ドリンクは何杯飲んでも構わない。ただし、大量に吐くと失格になる。

小林が参加する前までの早喰い世界記録は12分間で25.125本だった。
ほとんどの人は「これが人間の限界」だと思っていた。出場者は巨漢揃いで、はるばる日本から初参加した小林は小柄で細身。まったく注目されていなかった。New Yorkに観光がてらやってきた目立ちたがり屋の日本人程度にしか思われていなかったことだろう。

小林は物見遊山のつもりで New York まで来たのではなかった。賞金稼ぎが目的だった。
何ヶ月も前から戦略と戦術を練り、練習を重ねてきた。まず歴代チャンピオンたちの映像を入手した。彼らは皆、ホットドッグを端から口に押し込んで食べていた。だが小林は、「もっと早く口に入れる方法」を考えた。ホットドッグをまず半分に割ってから口に入れる方法だ。
実際にそれをやってみると、端から食べるより早く口の中に入る。しかも両手が自由になるので、ペースよく次のホットドッグに手を伸ばし、口に運べることがわかった。これだけで1個につき何秒も短縮できる。

次に小林はソーセージを先に、あとからパンを食べてみた。
ソーセージは食べやすかったが、パンはモサモサして手こずった。そこでパンを水につけてみるとモサモサが解消されることがわかった
水の温度も、冷たいものから熱いものまでいろいろ試し、一番ラップタイムが早い温度を見つけだした。さらには水のなかに植物油を数滴混ぜることで咀嚼に要する時間が短縮できることも分かった。

小林はこうした試行錯誤とトレーニングのすべてを録画し、ノートにデータをとり、少しずつ違うやり方を試していった。
全速力で一気に食べるのが早いか、ピッチ走法のようにペース配分を守るのが早いのか、ラストスパートはすべきかすべきでないかなども実際に試して答えを見つけていった。

咀嚼のピッチや方法、飲み込んで胃袋に送りこむタイミング、食べたものが胃に収まりやすいよう腰を揺らす方法など、ひとつずつ丁寧に検証していった。

巨漢たちの競技、大喰いたちの競技であるホットドッグ選手権に参加する者のうち、小林のような科学的なアプローチをする人間はほかにいなかった。

大会本番が始まった。人間の限界と思われる12分間で25.125本という記録を破れるのか?破るのは誰か?

2分、3分・・・。観衆は日本から来た小林のハイペースに驚いた。
飛ばしすぎだと思われたが、一向にペースが落ちない。
そして遂に12分間食べ続けた小林に拍手喝采が起きていた。しかもとんでもない記録が出た。結果はなんと50本!

限界だと思われていた数字の倍近くを小林が食べたのだ。

勝者を無条件にたたえる New York っ子といえどもこの勝ちっぷりには疑いの念をもったようだ。
「手術で胃を広げた」「第二の胃を移植した」などのデマが飛び交った。だが、小林の練習法などが漏れ伝わると、デマは賞賛に変わっていった。
小林は言う。
「本当に大事なのは、目の前の食べ物にいかに取り組むかなんです」

※(『失敗の科学』(マシュー・サイド著)より)

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遅れている業界ほど勝てるチャンスが大きい。