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読書の思い出

●「彼らに追いつくなんて・・・、もう叶いっこない」

私は高校で落第し大学に行けなかったのがコンプレックスになっていた。
20才で専門学校を卒業し、田舎の工場のボール盤職人になって寮生活をはじめたときには、もう同級生と自分を比べることすらやめていた。

●寮の先輩が「おい武沢、やるぞ」と言われれば娯楽室で麻雀を打ち、「町へ行くぞ」と言われれば先輩の車に乗せられて中京競馬場や名古屋の繁華街へ繰りだして大騒ぎした。

「唐揚げ」という食べ物を初めて知って感動したのもこのころだ。

●朝は8時半から始業。時々残業はあるが、平均すると午後6時には勤務が終わり、寮の食堂で夕食をたべて、午後8時には入浴も終えて自室にもどる。

先輩もまいにち遊んでくれるわけではないので、夜は一人部屋にいてヒマを持てあます。
そんな時、先輩たちは音楽や車の手入れでヒマをつぶしていたが、私は音楽も車もそれほど好きではないので、いきおい、読書する時間が増えていった。

●高校時代に覚えたばかりの歴史小説の魅力。
寮の自室で長編小説『徳川家康』(山岡荘八)や『三国志』(吉川英治)、それに司馬遼太郎の作品集を読みあさったのもこの頃のこと。
今思えば、夢のような読書三昧の生活だった。

●そんな私が奇異に見えたのか、先輩たちは冷やかした。
私がボール盤職人で鉄板に穴をあける仕事なので「おい武沢、本で穴あけがうまくなるんか?」

私は苦笑しながら、

「本で穴はあきませんが、気分は晴れます」と言うのがやっとだった。そのとき先輩は「ガイなやっちゃ」と言いながらどこかへ行ってしまった。
「ガイなヤツ」、私はその方言の意味が分からず「変なヤツや」と言われたのだと思っていたが、しばらくしてから「すごいヤツや」という意味だと分かり、その先輩が好きになった。

●それから3年経ち、24才になっていた私は思い切って転職していた。
今度は小売業だった。スポーツ用品を接客販売するという会社だった。
学生時代はもちろん、社会人になってからも他人とまともに会話したことがない私が、ゴルフやテニス、スキーやサーフィンという華やかな世界をフィールドにしている若い人たちに、きちんと接客販売ができるのかどうか、大冒険だった。

●H社長は助言をくれた。

「この業界の全体像を知るために、○○出版から出ている『チェーンストアの経営』(実務編 全10巻)を読むといい。読み終えたら僕に感想でも質問でもしてくれたまえ」

●私は初出社の朝、一時間以上前に出社し、降りているシャッターの前でその本を読んでいた。
私の出社が一番早いとわかったS店長は、私にカギを預けてくれた。
その翌日からはバックヤードの椅子に座って本を読んだ。入社三日後には、「この業界に転身して本当に良かった」と思えるようになっていた。

●そんな私が気味悪かったのだろう。S店長は私と一緒に陳列棚を組みたてている最中に、「武沢君、私はあなたが嫌いです。私から直接あなたに教育はしないつもりですので覚悟していてください」と言われた。
返答に窮した私は、「わかりました。ありがとうございます」と言うのがやっとだった。

●私が配属された店舗は準備中の新店だった。
来月新しくオープンするお店で、開店前の準備で大忙しの店舗だった。
そんなところへボール盤職人あがりのスポーツ刈り頭をした読書好き男が入ってきたのだから変に思われても当然だったのかもしれない。

●新店準備の遅れもあって、労働条件は劣悪だった。このお店には50日ほど勤務したが、休みは二日しか取れなかった。
しかも休みは前日の夜になって「武沢君、あしたは休んでください」と言われる。こちらもどうせ寝ることと本を読むことしかやることはないので不服はなかった。

●S店長に代わって私を教育してくれたのがF先輩だった。
年令はたった一つ上だけなのだが、この会社にすでに5年もいるそうで大先輩に思えた。
あとで分かったことだが、F先輩もS店長から嫌われていた。
理由は、「韓国人だから」とF先輩は言っていたが、私にはなぜそれが嫌う理由なのか分からなかった。

F先輩はとても後輩の面倒見がよかった。
というか、正しくいえば自分の意見を最後まで聞いてくれる人を大切にした。

●しばらくして分かったことだが、F先輩と私には共通点がたくさんあった。

・酒がまったく飲めない(この当時)
・コーヒーが大好きで何杯でも飲めた
・周囲から変なヤツだと思われていた
・同じ町に住んでいた(知立市)
・ふたりとも女性に縁がなく、晩婚だった
・三度の飯より本が好きだった

●しばらくして分かったことだが、F先輩は私とまったく異なる個性と才能があった。

・私があっけにとられるほど話術が巧みだった
彼ほど笑いと涙を誘う愚痴話が上手な人は見たことがない。中味は単なるグチなのだが、彼が話すと落語か講談のようだった。

・私があっけにとられるほど気が短かった(大げんかし、彼に殴られそうになったことも数知れず)

・彼は勤勉な努力家だったが、私はむらっけが激しかった

●この出会いがきっかけとなり、F先輩とはその後、配属先が変わっ
ても毎月ファミレスや喫茶店で会食を重ねた。
互いの店が閉店してから知立や岡崎で会うわけだから、午後10時くらいから夕食会。
頼むものはいつも「チキンバスケットとコーヒー」と決まっている。

午前2時に閉店の音楽が流れるまで、二人はコーヒーのおかわりを続け、読書談義に花を咲かせた。

●F先輩経由で知った本は私に絶大な影響を与えた。

・人を動かす(デール・カーネギー)
・道はひらける(デール・カーネギー)
・人間の魅力(ボブ・コンクリン)
・成功哲学(ナポレオン・ヒル)
・説得力(ロバート・コンクリン)
・眠りながら成功する(ジョセフ・マーフィー)
・ラーキンの時間管理の法則(アラン・ラーキン)

F先輩は、歴史小説にかたよりがちな私の読書傾向を正してくれた。

●それから数年たち、私が教育部門で働くようになってから、複数の経営コンサルタントのお世話になるようになった。

Sさん、Iさん、Uさん、そうそうたるコンサルタントの方々に社員教育をお願いし事務局長的な立場だった私がもっとも多くのことを学ぶことができた。特に彼らを食事に接待するとき、研修では聞けない話をたくさん聞くことができた。

<つづく>