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続・読書の思い出

●昨日F先輩との思い出を書いた。私は懐かしい気持ちで楽しく書けたが、読んでる方はつまらないかもしれない、などと思っていた。
だが、「いいぞ、もっと書け」というメールが何通か届き、気を良くしたのでもう少しだけF先輩のことを書いてみたい。

●いつも誘うのはF先輩の方だった。会う度に読書談義に花が咲いたが、一度だけ読書の話をしなかった日がある。

互いに20代の半ばだった。賞与が支給された年末のある日のこと。
F先輩は新車のセリカに私を乗せて、何だかあやしいお店に連れて行ってくれた。二人とも酒は好きでないので、お店といえば業種は限られていた。
そこは無免許で営業しているような、看板も何も出ていないマニアしかしらないお店のようだった。

●駐車場に着いたのに、まだためらって車から降りようとしない私をみて、F先輩はこう叱った。

「武沢、お前らしくないぞ。ここまで来て何をグジグジしてるんだ。
“虎穴に入らずんば虎児を得ず” という教えを君は知らないのか?」

●なるほどその通りだと思った。その故事は、こういう場面のためにあるのかと感心した。勇気を出してその怪しげなお店に入っていったが、結局、その虎穴に虎児はいなかった。

●「先輩、なかなか厳しいですね」と私。無言の彼。
賞与の2割以上を一瞬で失った二人はこの日、読書談義もせず傷心のまま帰宅した。

今思えば、F先輩が言う「虎児」とは何のことだったのだろうか、もういちど会って確かめてみたい気分だ。
それ以後、「虎穴に入らずんば・・・」は私にとって忘れられない諺になった。

●20代に読んだ本は私の人生を変えた。

『ライフワークの見つけ方』(井上富雄著)を読んで人生25カ年計画を作った私。その計画策定中に、サラリーマンと独身生活は30才まで、と決めほぼそのようになっていった。

●スポーツ用品の販売では、ゴルフ担当者になった。
連日やってくるゴルフ客に対して私はどのように接客すべきか戸惑っていた。
そんな私を救ってくれたのが書店で見つけたゴルフクラブの解説本。
タイトルは失念したが、その本を一冊読んだおかげで私は社内の誰よりもゴルフクラブをたくさん売る社員になった。
クラブの持ち方も振り方もわからない私。当然、ゴルフ場には一度も行ったことがない人間からセミプロ級のお客様がどんどん買っていくのだ。
痛快だった。

お客もこちらを相当な経験者だと思っているようで、「武沢さん、今度いっしょにラウンドしようと」と誘われることがあったが、逃げるようにして断った。

●店長になったとき、学生アルバイトの前にも関わらず朝礼で緊張して膝と声が同時に震えた。
「これでは店長はつとまらない」と思い、書店で『500人の前でも話せます』(江川ひろし著)を見つけ、翌日からの朝礼で実践した。

●教育部門で働いたとき、日本中のおもだった経営コンサルタントの先生を追いかけてまわった。我社の社員教育にもっともふさわしい先生は誰か、ということがテーマだった。

●その中のお一人に小集団活動の指導をお願いした。東京のS先生と言った。企業コンサルで日本中を駆け回っておられる実力派の先生で、大変情熱的かつ厳しい先生だった。
しつけに甘い若い社員が多かったから、厳しいぐらいでちょうど良かった。

●ある時、その厳しさが私にむけられた。本当は私を叱っているのだが会社が叱られているようで辛かった。

夕方5時から研修打ち合わせのミーティングが始まり、夜9時まで会議があった。その後、私はS先生をホテルまでお見送りし規定の夕食代
(1000円)を先生にお支払しておいとましようとした。

●すると先生は烈火のごとく怒り出した。

「武沢さん、このお金は何ですか?夕食代ですか?あなたの会社はいったいどうなっているのですか?この時間にお金だけを払って後はよしなに、ですか。それが講師に対する御社の姿勢なのですか?」

●私は言葉を失った。二人はもういちどタクシーに乗り直し、市内のうどん屋に入った。S先生がタクシー代もうどん代も全部出してくれた。こちらの接遇の甘さを思い知った。

●そのS先生がある時、私にこう告げた。

「武沢さん、あなたは20代としてすでに全国レベルにあります。どの20代と勝負しても負けない実力があると思います。そのまま研さんを積んでいかれれば、将来経営コンサルタントとして立派にひとりだちできると思います」
その日の夜、私は人生25カ年計画のノートに「経営コンサルタントになる」と書き加えた。

そのとき、初めて同期生と自分を比べてみた。先生の言葉はお世辞だ、まだ同級生に追いついてすらいないと思った。

●その後、どうしても急いで確認したいことがありS先生に会うために出張先の福岡まで行った。
ホテルのロビーで先生は本を読んで待っていて下さった。その本は、『現代の経営』(ドラッカー)だった。

●無縁の世界の本だととっさに思ったが、S先生はこう言われた。

「私は武沢さんが将来、経営コンサルタントになれると言いました。それはあなた次第です。まずこの本を読んで経営の面白さを感じてみて下さい。私みたいにこうして線を引きながら読むと良いでしょう」

●私は福岡の書店で『現代の経営』を買い、帰りの新幹線で読み始めた。
夢中になって青い線を引きながら読んだ。

そのときまで勤務先の社長は雲の上の存在だったが、この本を読み始めてから、雲の下まで降りてきてくれたような気がする。
社長になることは、もはやあこがれでも何でもなく、現実的な目標に思えてきた。