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100%のノー

今日は、ちょっとした物語を紹介しよう。

「あのぉ、お父さん。ちょっといいかしら」

リビングでヘンデルを聴きながらくつろいでいた父・芳夫が、
「ああ、恵子か、どうした?」

今年大学生になる娘の恵子が、父・芳夫のそばに立ち、ちょっと言いにくそうな表情をしながらも話し始めた。

「お父さんね、私も今年から大学生になるので、そろそろウチを出てマンションで生活してみたいと思っているの。許してもらえるかしら?」

まったく予期していなかっただけに、芳夫は面食らいつつ、トッサにノーを告げた。
「そんなのダメだよ。何か理由でもあるわけ?学校は家から通っても充分近いでしょ」

「うん、家から通える距離だけど、前から一人住まいするのが夢だったの」

「夢といったって、恵子、そんなにウチがいやなのか?」

そうした押し問答のあげく、いつもの親子の会話のように結局、娘が折れた。

「やっぱりダメかぁ・・・」

恵子は肩を落とし、自室に戻っていった。恵子にとっては、大学生活をマンションで過ごすことが夢だった。だが我が家が経済的にゆとりがないことは知っていたから、大学受験に成功するまでこの話はずっと黙っていた。

「アルバイトしようかしら・・・。でも音楽をもっと勉強したくて入った大学だし」

一方、父の芳夫もヘンデルのボリュームを落とし、バーボンをかたむけながら、我が娘との会話を反すうしていた。

「娘の独り暮らしかぁ。恵子のやつ、相当思いつめた顔をしていたな。きっと、昨日や今日思いついた話じゃなかろう。もっとゆっくり話を聞いてやるべきだったな。でも、いくら話を聞いたところで、マンション費用はどうする?」

この段階では、娘の希望に対して父が「NO」を宣告し、話は決裂したままだ。諦めきれない恵子は、友人の誘いで「非凡会」という交流会に参加し、コンサルタントの武沢先生に相談してみた。

事の経緯を理解した武沢は、レターヘッドにペンを走らせた。

1.父はなぜ反対していると思うか


2.どのようにしたら父の反対理由を消し去ることができるか


と書いてある。


武沢は言う。

「アメリカには、『話す前に、相手の靴を履け』ということわざがあります。自己主張するまえに、まず自分の靴を脱ぎ、相手にも靴を脱いでもらい、許可を得てから相手の靴を履かしてもらう。それによって、お互いに深い理解が得られるということです。自分の立場だけに固執していると迷路にはまります。この場合、お父さんの気持ちとして、なぜ反対していると思うか、考えたことはありますか?」

恵子は、
「はい、あります。父もサラリーマンとしてがんばっていて尊敬しているのですが、自宅のローンが残っていて私のマンションの賃料を新たに負担するのは大変なのではないかと」

「じゃぁ、それを1番の欄に書きましょう」と武沢は、「マンションの賃料負担が困難」と書いた。

恵子はさらに続けて、
「反対理由は費用だけじゃないと思います。親として娘の独り暮らしが心配なのだと思います」
「ほぉ、それはなぜ」
「生活が乱れたりしないかと」
「生活が乱れるとは、例えばどのようなこと」
「う~ん、食生活が偏ったりとか、夜更かしして睡眠不足になったりとか、男性が遊びに来たりとか・・・
「じゃあ、それも書こう」

このようにして、次のようなものが完成した。

1.父はなぜ反対していると思うか
  ・マンションの賃料負担が困難
  ・生活の乱れ(食事、睡眠などの健康管理や時間管理、友人と遊びすぎて勉学がおろそかになること)

2.どのようにしたら父の反対理由を消し去ることができるか

  ・マンション賃料は10万円するので、その負担法について父と相談する。
   私としては、一年生のうちは特に学業に専念したいので、二年になったら家庭教師と音楽のアルバイトで数万円以上稼ぐ。趣味の洋服と旅行はしばらく   我慢する。図書館利用で本代も浮かす。

  ・生活の乱れについて
   信頼してもらえるまでの間は、父と母にもマンションの鍵を渡し、いつでも飛び入り査察を受け入れる。
   毎日帰宅・就寝報告メールを両親に送る。
   
恵子は完成したシートを見ながら、明るい笑顔を取り戻していた。

「これでもう一度、お父さんにぶつかってみる。私も、二年生になるまで我慢する覚悟ができたし、お父さんとお母さんには決して心配かけないという自信がもてたから。ありがとう、武沢さん。非凡会ってすごい会なのですね」

恵子は翌日からメルマガ読者になってくれたらしい。

「部長、そろそろホームページをリニューアルしたいのですが」
「ダメだ。今でも有効に使われていないのに。とんでもない」

「社長、新しいパソコンを買って欲しいのですが」
「ダメだ、あそこに機械が余っているだろう」

などなど、
あなたも時と場合に応じて恵子役や芳夫役を演じることがあるはずだ。
家庭や仕事での人間関係は、対立する利害関係ではない。
最初は困難に思えた問題も、粘り強く接していくことによって解決の糸口が見つかることが多い。

「100%のノー」なんてそんなにあるもんじゃない。