某日、山陰のそば屋に入ったら、壁一面に有名人のサイン色紙が飾ってあった。ご当地女優のサインはていねいに額装されていたが、それ以外の色紙は裸のまま画鋲で留められている。文字は人柄を表すというが、ふざけたギャグを連発する芸人が几帳面な文字を書いていたり、神経質そうな役者が汚い文字を書いていたりするのが面白い。
100枚はあろうかという色紙のなかでとりわけ下手くそなサインが目に飛びこんできた。パリーグの野球選手のものだったが、ミミズか蛇が横に這いつくばっているだけで、チーム名だけが辛うじて読み取れた。「これ誰ですか?」と店員さんに聞いたが「さぁ」と首をかしげていた。隣にいた店員も笑っているだけだ。店員も知らない、客も知らない、そんなサインがそこにある意味って何だろう。
「軸足に残して」「右腰で打て」
それは、丁寧な文字らしい。松井秀喜臨時コーチのものだ。宮崎キャンプのとき大田泰示選手のために書いて渡したもので、大田選手の宝物だという。それを見ては心を奮い立たせてきた。昨夜はその大田選手の一振りで巨人が逆転勝利し、優勝へのマジックナンバーを 8にした。
心を込めた文字にはパワーが宿る。しかし、そば屋のパリーグ選手のような心がこもっていない文字はすでに死んでいる。
あなたの言葉や文章は生きているだろうか。
本物はオリジナルで、オリジナルは本物だ。ニセ物はコピーでコピーはニセ物だ。
ある女性がピカソの絵を高価な値段で落札した。彼女はピカソのところに絵を持ち込んで「これは本物か?」と尋ねた。
ピカソはそれをみて、「ニセ物だ」と言った。横にいたピカソの友人は「それを書いている所を僕は見たよ。どうしてニセ物だというのだい?」と言った。ピカソは言った。「本物はパリの美術館にある。それは時間つぶしに書いたニセ物だよ」
誰が書いたかは問題ではない。どのような気持ちで書いたかである。
※このピカソの挿話をするのは今日で二度目。本来ならコピーです。しかし私は前にも負けない気持ちで今日の文書を書きましたので、今日の原稿はオリジナルです。