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家康の強運

徳川家康は三方原(静岡県浜松市の北部)の合戦で武田信玄に大敗を喫した。野球で言えばコールドゲーム、ボクシングならリングにタオルが投げられるほどのボロ負けだ。
相手の武田信玄軍は、川中島で上杉謙信と幾たびもも交戦し、戦上手この上ない日本を代表する屈強軍団なのだ。

とにかく家康は馬上で脱糞しながらも、ほうほうの体で逃げ伸びた。

だが、家康は立派だった。この敗戦を教訓にするため、自分のみじめな姿を絵師に描かせているのだ。トップとして、なかなかできることではない。

その時の絵 http://rekiju.hp.infoseek.co.jp/sengoku_t.htm 

この敗戦が忘れられぬ家康は、のちのちになっても「負けを知らない人はよろしくない。私の場合、三方原で・・・」というようなことを周囲に語っている。

余談ながら、天下の“赤具足”武田軍団に真っ向から立ち向かった若武者がいると、敗戦後には家康の名が天下にとどろくことになるから、家康という男はこのころから強運の持ち主だった。

「運」といえば、ある日、数人で居酒屋に行った。その中にいた初対面の20代後半とおぼしき男性ビジネスマンが私に向かってこう言った。

「武沢さん、経営の秘訣をメルマガに書いてるの?へぇ、どんなこと書いてるの?オレが思うに、経営者ってまず運が大切だと思うの。こう見えてオレも相当なツキ男。だって付き合ってるやつら、みんな明るくて幸せそうだし、自分的にもまずまずだし。ま、不運そうなやつが寄って来たらこっちから逃げるけどね、ハハハ。この前も失敗している同級生から電話がかかってきたけど居留守使っちゃったもの。たしか、松下幸之助さんも運の良い人と付き合えみたいなこと、言ってるじゃん」

残念ながら、この人は運というものについて表面的な理解しかしていないように思う。まずは、そのタメクチを改めることが大切だろう。

ともかく、負けや失敗を周囲から排除するから運がよくなるのではない、と私は思うのだ。どれだけ沢山の失敗や挫折、それに不遇というものを知っていたり、体験しているかということが、人間の深みにつながるのではなかろうか。

成功しか知らない人(そんな人はいないと思うが)や、成功することしか興味がない人(こういう人は多い)は、他人の感情や心の痛みが理解できなくなりがちだ。そういう経営者では良い会社が作れないと思う。

哲学者ヴィトゲンシュタインは、「人間の偉大さを測る尺度は、その仕事に支払った犠牲の多寡である」と述べている。この言葉を引用しつつ、評論家の森本哲朗氏はこう語っている。

「犠牲を支払えばだれでも後悔するだろう。しかし、その後悔が偉大さを生むのだ。だから、私のモットーは宮本武蔵とは逆である。
『我、事において、常に後悔す』」

負け、失敗、犠牲、後悔、不運、不遇といったものを避けるのではなく、それらの上に成功や偉大さが成り立っていると考えみてはどうだろう。