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上場が寿命を縮める

シリコンバレーがベンチャーの総本山ならば、近江商人が日本の商業人にとっての総本山だった頃がある。あこがれと尊敬の対象だったのだ。
江戸から明治にかけて、近江・五個荘(ごかのしょう)の地から革新的な商法と不屈の精神、そして何よりもお客様の喜ぶ笑顔を心の糧として、全国津々浦々に行商し、やがて豪商へとのし上がっていったたくましき近江商人たち。 

そんな近江商人の智恵の多くは、現代社会でも充分に光り輝く。例えば、調達と始末という概念がある。
調達とは、集めること。資金でも人材でもノウハウでも、必要なものを集められる力は大切だ。それに勝るとも劣らず大切な概念は、始末である。

始末とは読んで字のごとく、スタートとエンドを全うすること、つまり鼻をかんだ懐紙でお尻をふくような行為を言う。
せっかく調達してきた資金や人材、ノウハウは完全に使いきれということだ。使い切れずにもてあましている状態は「始末が悪い」とか、「後始末が下手」などという。

月刊「PRESIDENT」(プレジデント社)2月14日発行号に大胆な仮説を発見した。神戸大学大学院の加護野忠男教授の論文で、「上場が企業の寿命を縮める」という指摘である。

この論文の骨子はこうだ。
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和歌山の和菓子メーカーの老舗、駿河屋の社長が架空増資の疑いで逮捕された。この会社は、室町時代に創業されて以来500年以上の歴史をもつ長寿会社。おそらく上場会社のなかでもっとも社歴が古い。
日本の地場産業には、駿河屋以上の長寿企業がたくさん存在している。
大阪の金剛組は、聖徳太子の命を受けて西暦578年に百済の国から招かれた三人の工匠のうちの一人によって創業されたので、1400年を越える歴史がある。竹中工務店も信長の家来、竹中藤兵衛が1610年に創業しているので約400年。京都伏見や灘の清酒醸造業者もおしなべて、長寿だ。
世界中で100年以上の歴史をもつ長寿企業がどのような経営をしてきたのかを解明した『リビングカンパニー』(日経BP社)によれば、長寿企業にはよっつの共通点がある。

1.環境変化に敏感である
2.強い結束力があり、組織全体の健康状態を大切にする人材に経営をゆだねてきた
3.連邦型経営を行って、現場の判断を尊重してきた
4.資金調達に関して保守的で、質素倹約を旨としてきた
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その後、この論文は「長寿企業の興味深い共通点は、上場していないことである」と述べている。清酒・灘の企業で唯一上場した忠勇は丸金醤油の傘下にはいった。駿河屋の事件も、上場しているがゆえのできごとかもしれない。

上場が寿命を縮める、というこの仮説。大変興味深いが、現時点で私は承伏しかねる。
上場そのものが企業の寿命に直接的な作用をしているのではなく、株主や取引所、マスコミなど「外野」のために経営してしまうことが危険なのだと思う。
知らずしらずにマネーゲームと数字作りに追われてしまい、経営者個人としての志や、法人としての理念を軽視しがちになるのだ。

調達することばかりに目をうばわれ、始末するということを忘れてはなるまい。すくなくとも経営者たるもの、「私は利益なんか気にしない」とか、「時価総額を増やすのが私の夢」とか言い出したら危険の前触れだと思っている。