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起業家とサラリーマン

昨年で50才になった記念にと、『50代からの選択』(大前研一著 集英社)という本をある社長からプレゼントされた。大前氏がサラリーマン向けに書いた熱いメッセージなので楽しく読めるが、私自身は、すでに作者が指摘するような生き方をしてきているつもりだ。

それにしても、

・サラリーマン同士でつるむな
・やりたいことを10以上あげることができるか
・死ぬときは貯蓄ゼロでいい

など、相変わらず歯切れがいい。

この本の書き出しで大前氏はこう述べている。
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サラリーマンは常に上司によって、「人に言われたことをきちんとこなす力があるかどうか」で評価される。20代にこうやって育てられると、言われたことはやる、言われないことはやらない、という思考・行動パターンが習慣化する。これは、サラリーマンの生活習慣病みたいなもので、数年のうちに「お手」といわれたら、サッと手を出すという“サラリーマン染色体”に染まってしまうのだ。
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サラリと読んでしまえば何てことないが、「そうかなぁ」と私は少し引っかかった。私自身が30才になるまで真面目で勤勉なサラリーマンだったが、著者が言う染色体になど染まってはいない。というより、勢いのある中小企業やベンチャー企業では、そうした染色体が社内に存在しないと思うのだ。

官僚的機構ができあがった大企業で出世したければ、本人の能力や成績だけでなく、上司に気に入られることや、社内政治の巧みさも大切だろう。だが、それはそうした環境だからそうするだけのことで、生き様までもが染色体におかされた人にお会いしたことはない。

サラリーマンという存在を必要以上にワルモノにするのはむしろ危険だと思うのだ。サラリーマンが悪いのではなく、サラリーマン根性が悪いわけで、その根性を要求したり、許容したりする仕組みの方が悪いと考えてはどうだろうか。

「今日の言葉」でドラッカーが警報を鳴らしているのも、サラリーマン根性を涵養するような組織ではなく、起業家精神を涵養する組織を作れということだ。

サラリーマン根性を育てかねない諸制度は廃止し、逆に起業家精神をあおり立てるような制度を考案しよう。いろんな会社の社内ベンチャー制度を研究し、我社にあったものを考案しよう。我社を否定する同業他社が我が社内から出たって良いじゃないか。

「積極性」とか「協調性」「責任感」など、抽象的な評価基準に基づいて上司が一方的に部下を評価・処遇する人事制度は廃止しよう。
論功行賞はトップの重要な役目だが、査定会議が長引くのはなんか変だ。
従来からある評価制度は全廃、または、日常的・機械的に評価できてしまうような制度が必要だろう。

規模の大小を問わず、起業家が社内から巣立ってくるような仕組み作りが必要だと思う。あなたの経営課題に入れてはいかが?