「武沢君は内向的で茫洋とした性格の持ち主で・・・」これが小学校に入った私が最初にもらった通知表に書いてあった先生のコメントだ。小学校一年生の私には読めないし理解できない。母親に聞いたところ「要するに地味でパッとしないということ」と教えられ納得した。
小学生ながらに自分の性格が同級生に比べて無口ではずかし屋であることは気づいていた。だが、尊敬する先生からこうしてハッキリ言われ、親もそれを認めるということは、立派な“内向と茫洋”なんだと信じた。そして以後、ますますそれらしく振る舞った。
50才になった今、やっぱり自分は内向的だと思うが今ではそれを自負している。内向的だったからこそメルマガ発行で自分を表現できるのだ。私が活発な活動家だったら、これほどコツコツした作業が続いたかどうか。
だが人それぞれに真理があるようで、あがり症で人前でまったく話せなかった少年がコンプレックス克服のため弁論部に入り、自己改造したというような話しをよく聞く。セブンイレブン創業者であり、イトーヨーカ堂会長の鈴木敏文氏もその一人。
小学校の授業中に先生から指されて教科書の朗読をさせられたりするとあがってしまって読めない。中学でも口頭試問で頭がまっ白になって何も発言できずに叱られたりしたという。
しかし鈴木少年は積極的に自己改造に取り組み、高校生のときには生徒会長をつとめたり卒業式で送辞や答辞をよむほどになったという。自己改造の分野は性格だけにとどまらず、肉体にもおよんだ。足が遅くてからかわれたりしたが、陸上部に入り県大会に出場するほどの選手にもなった。自己像を塗り替える経験をしたのだ。
入りたかった出版社には入れず、やむなくトーハン(東京出版販売)に入社。1963年に友人の斡旋でイトーヨーカ堂に転職。4~5店舗の中堅企業だったヨーカ堂で出店説明の仕事や広報の仕事をするうちに世間の常識というものに疑問を感じるような場面に遭遇する。
商店街の人たちは「規模の小さい店が大きい店に勝てるはずがない」といって激しく出店に反対する。「規模が問題なのではない。生産性なんだ」という確信がセブンイレブンの創設につながる。
ヨーカ堂社内ですらこぞって反対。「日本では無理」と言われたコンビニエンスストアに対して鈴木氏も絶対的な自信があったわけではないという。むしろ、米国でサウスランド社をみて「こうあるべきだ」「日本にもこういうものがあってもいいはずだ」と考え、信じてきた結果だという。
小ロットで多頻度の商品調達や、店舗の運営の情報システムをすべてアウトソーシングするなど、業界の常識を全部塗りかえてきた。きっとその底辺にある考え方は、子供のときに培った常識は自分で変えることができるという体験だろう。
こうした体験に基づく哲学や信条・理念は強い。
あなたはいかがだろう。体験から生まれてきたあなたならではの信念や哲学を思いおこしてみよう。