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僕のリバティ・トリップは終わらない

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<お詫びとお知らせ>

本日発売予定の電子書籍小説『僕のリバティ・トリップは終わらない』は、「僕の推敲は終わらない」状態になったため、発売を一日延期し、明日とさせていただきます。Facebook で本日発売と予告しながら延期になり、申し訳ございません。

今回も人物名、会社名、地域などが特定できないようにというモデルの希望があり、そのようにいたしました。しかし、ストーリーは実話です。

和歌山の串本で生まれた中浜秀紀は、子どものころ、無口で大人しい少年だった。転校先の小学校でいじめられているところを同じクラスの立木徳子が「またんし」と立ち上がり、止めてくれた。ミュンヘン生まれの徳子も串本に転校してきたばかりだったが、ドイツ語と串本弁を器用に操る才女だったため、誰もが一目置く存在だった。

秀紀が大の映画好きだったことから徳子は秀紀から映画の話を聞くことを楽しみにした。最初はヨーロッパ映画だったが、やがて秀紀はアメリカのハリウッド映画を好んで観るようになった。中学生になると「僕は将来アメリカで仕事をし、アメリカで生活する」と言いだした。

考えるだけでなく秀紀は一直線に行動した。

高校二年のとき、秀紀は思いきって父ちゃんと母ちゃんにアメリカ行きの夢を打ちあけた。「そげなお金、どこにある?」と母ちゃんは言った。当時(1978年)パンナムでニューヨークに行くのに片道で 34万円した。物価換算すれば今の 68万円である。

父ちゃんはジョン万次郎が好きだった。秀紀のアメリカ行きの話を聞いて「万次郎みたいやの」とポツリと言った。

「知り合いがニューヨークにおるから秀紀をつかってもらえんか相談したる」と言ってくれた

(中略)

高校を卒業すると秀紀は東京に出てコックの修行を始めた。そして四ヶ月後、ニューヨークに飛んだ。JFK 空港には秀紀の身元を引き受けてくれたアンデス赤石が待っていてくれた。アンデスは全米で大人気のレストランを経営し、すでに億万長者だった。美人の奥さんとアンデスと秀紀の三人での生活が始まった。コック修行をしたあと、アンデスの会社の幹部社員になれる。

誰がみても、秀紀の前途は洋々にみえた。

だが・・・。

★「僕のリバティ・トリップは終わらない」

→ 明日発売

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