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緊張しないのは問題だ

●あるところで講演を行った際、「どうしたら人前で緊張せずに話せるようになるのか」、「講師の皆さんはどうやって緊張を乗り越えてきたのか」などの質問を受けた。話し方が苦手だ、人前で話すことは自信がない、と思っておられる経営者が多いようだ。


●そこでまず意外と思われるかもしれないが、次のような事実を確認しておきたい。
それは、

「話し方の上手な人は、必ず緊張するタイプの人だ」ということだ。

●日本話し方センターの創業者である話しの名人、江川ひろし先生がご健在のころ、こんな質問をさせていただいた。

「先生、わたしは何度講演をやっても最初の何分かはひどく緊張します。これを何とか克服したいのですがどうしたら良いでしょうか?」

すると先生はこう言われた。

●「武沢さん、ポイントがふたつありますよ。ひとつは、『準備と練習』によって、ある程度は緊張感を克服できるということ。あとのひとつは、逆説かもしれないが、緊張を感じる人ほど話が上手になるものだ、ということ」

●先生の話を私流に整理するとこうなる。

聴衆から「またあの話か」と言われるような持ちネタを持つこと。決して話の内容を、毎回全部変えようなどという誘惑に負けてはいけない。そんなことをしていては、毎回が初演になってしまうではないか。

初演ばかりを何十回やったところで芸が深まることはないし、それではどんな名人でも120点取るときもあれば、50点しかとれない時ができてしまう。つまり、話の品質にムラができるのだ。

どうしても毎回話の内容を変える必要があるのならば、十分な事前練習をすることだ。それによって、「失敗して恥をかいたらどうしよう」などという不安はなくなる。

●もうひとつのポイントは、緊張する自分を受け入れ、そこから逃げずに立ち向かうことだ。もう人前で話をすることなんて懲り懲りだ、などと逃げないことが大切だと思う。

●あるサーカス興業会社での話。

20年ほど前までは、空中ブランコの人材を確保するために、運動神経バツグンの人ばかりを採用していた。学生時代からスポーツでならしたエリートを集めてきたのだ。
ところが、彼らはよく事故をおこすのだ。ちょうど3年くらいになって慣れてきたころが一番事故率が高い。また、事故を起こさない人でも演技がマンネリになったり、退職していってしまうという。

●このままではいけない。そこでこの興業会社の社長は考えた。
「採用基準を変えよう。運動神経を重視するのでなく、本人の性格を重視しよう。慎重なタイプで、なおかつコツコツと練習を積み重ねるのをいやがらないタイプの人を採用しよう」と。

事実その通りに採用してみると、それ以後、事故率も退職率も一気に減り、サーカス興業としての演技力も高まったという。

話し方もこれと相通ずるはずだ。


●そう言えば、先週の金曜日。「名古屋生花小売商業協同組合」さんのお招きで、私と百式の田口さん、ディズニー本の作者・香取さんとの3人ジョイント講演を行った時の出来事。

まずトップバッターで私が講演することになっていた。講演前に幹事の方を交えて昼食をとって談笑していると、私は30分後に迫った自分の講演のことで緊張感におそわれ始めた。
ほかの方々が楽しそうに盛り上がっているのを尻目に、私一人が無言で食後のコーヒーを飲んでいた。

●本番が始まり、私は無事に大役を果たし終わって講師席に戻る。すると次の講師の田口さんが、肩を上下に揺すりながら次のように言った。
「武沢さんはいいなぁ、注射が終わって。ボクはこれから注射を打たれに行く小学生だもの。ドキドキしちゃう。」と表情がこわばっていた。

●さらに田口さんの素晴らしい講演が終わって香取さんの番になると今度は彼が、「どうしよう、すごいプレッシャーを感じる。」と言いながら深呼吸している。このように、人前で話すことが多い三人だが、いまだに講演前の緊張感はなくならない。この緊張があるからこそ、その後の勝利の美酒がたまらない快感になるのだ。