3年前まで福岡ソフトバンクホークスにいた川崎宗則選手は鹿児島出身。大好きな言葉は「チェスト」で、子供のころ父親から「ムネ、チェスト行けよ」と声をかけられるとシャンとしたという。ホークス時代には、お立ち台に立つとこう言った。「じゃあ皆さん、行きましょうか例のヤツを。桜島まで届くように、腹から声出せよ、行くよ、1、2、3、チェストー!!!」
「チェスト」とは、薩摩(鹿児島)に伝わる剣法『示現流』(しげんりゅう)のかけ声である。開祖・東郷重位は示現流の精神を問われ、こう答えている。
「示現流とは自分が大切にしている刀をよく研ぎ、よく刃を付けておき、針金で鞘(さや)止めをして、人に無礼を言わず、人に無礼をせず、礼儀正しくキッとして、一生、刀を抜かぬものである」
この教えを聞いた門弟が後日、こう述懐している。
「一生刀を抜かぬものである」という教えを大切に守ってきたが、ある日、眼前に敵が迫った。切りつけられるその瞬間、自分は刀を抜き放っていて、敵は真っ二つになって倒れていた。
これは、無益な殺生を戒める示現流でも緊急の際には一切の迷いを捨てて、無念無想で敵を打つ、という剣の極意をあらわしている。
「戦わない」という意味では合気道の精神にも通じるものがあるが、示現流を実際にみてみると、極めて実践的で狂気じみた剣でもある。先週末、鹿児島ツアーの行程のなかに「示現流剣法」の道場兼史料館を訪れた。いまでも月・水・金の夕方から稽古をやっているそうで、我々がおじゃましたときは時間外だったようだ。ビデオで稽古風景を見せていただいた。
★示現流史料館 → http://www.jigen-ryu.com/history_siryou1.html
27代藩主島津斉興が示現流の稽古を見たとき、「まるでキチガイ剣術じゃ」と言って席を立ったというエピソードもある。それほどに狂気の剣だが、その教えは、『一の太刀を疑わず』という。要するに一撃必殺である。
『二の太刀要らず』と云われ、髪の毛一本でも早く打ち下ろせと教えられる。初太刀から勝負の全てを掛けて斬りつける『先手必勝』の鋭い斬撃が特徴なのである。
初太刀での一撃必殺を精神でやられる方はたまったものではない。もし正面から初太刀を受けようとすると、真剣でもへし折られた。よしんば折られなくとも刀ごと押し込まれて斬られる可能性が高く、防御がたいへん困難である。そこで新撰組の近藤勇などは隊員に対して「薩摩者と勝負する時には初太刀を外せ」と教えていた。
練習も変わっている。
道着を着なくても良い。しかも挨拶も不要なのである。
いついかなる場面でも戦える「生活に根付いた実戦性」を追求しているから、いつでも敵と対峙できる様、普段着で稽古に参加しても良い。現代ではTシャツとジーンズ、あるいはスーツ姿での稽古も容認されており、実際にそうした姿で稽古する修行者も多い。ただし、公式な演武では和服での正装もしくは道着を着用する。
また、「剣を握れば礼を交わさず」と教えられる。木刀を握っている者や稽古中の者に対して礼をしない。礼に始まって礼に終わる武道が多いなか、示現流は相手に対しても観衆に対しても礼をしない。型や礼にこだわるのではなく、あくまで実践剣法であることを教えるためであろう。
一生抜かない剣、だがやるときは全身全霊で一撃必殺、そして相手にも観衆にも礼をしない実践剣法、ビジネスの精神にも相通ずるのではなかろうか。