「サラリーマンなんか辞めて独立しろ!」とけしかけるのは簡単だが会社で働いてくれる人がいなくなったら日本は大変なことになる。なにしろ日本経済を支える圧倒的パワーをもつのがサラリーマンなのだから。
まず、日本の総人口は 1億 2500万人いるが、その半分の 6,200万人が就業者として何らかの仕事をしている。
その 6,200万人のうち、5,500万人が被雇用者(サラリーマン)だから、就業者に占めるサラリーマンの割合は 89%ということになる。働く人のざっと 9割がサラリーマンであり、残りの 1割が雇用する側にいる人か、専門家や職人、自営業などフリーの立場にいる人だ。
そう考えると、「がんばれ!社長」のメッセージは、「がんばれ!サラリーマン」でもある。優れたサラリーマンになることは、優れた経営者になるのと同様に大変なことである。全人格と潜在能力の発揮を要求される。社長の道を極めるのと同様、サラリーマンとして道を極めることは一生をかけて取り組むに値するテーマだと思う。だから、60歳や 70歳で引退を考えるのでなく、一生働いて欲しいし、定年後もすぐに他社からオファーが来るような実力と実績を培っていきたいものである。
最近、私の同級生が大手ゼネコンを早期退職して大工になったと連絡をくれた。その勇気に驚いたし、なにしろ久しぶりだったので二人で酒を酌み交わした。
居酒屋のカウンターに座るなり、「これ、もらってやってくれ」と木製の名刺をくれた。ずいぶんコストがかかっているようだ。肩書きは「匠(たくみ)産業株式会社 代表取締役 前田匠」とある。
(社名と個人名は仮名)
仰々しい名前だが、実態はひとり親方らしい。
どうして今ごろになって大工に転身したのか聞いてみたら意外に答えはシンプルだった。
親父が大工の棟梁をやっていて、彼も子供心にいつか大工になろうと準備のために今のゼネコンに入社した。働くうちに仕事がおもしろくなって、ふと気づいたら親父がとうの昔に他界し、自分も 58歳になっていた。今さら独立して大工になっても若い衆が相手にしてくれるとは思えない。現場では辛い目にあうのも覚悟している。だが、建設会社での様々な現場経験は必ず武器になるはずだ、と語る彼。
ぜいたくをしなければ生活していけるだけの貯えがある。身体がピンピンしているうちにやりたかった事に挑戦しておこうというわけだ。
「ところで、これ何だか分かるか?」とバッグから古びた前掛けを出した。きれいに洗濯してあったが、かなり年季が入っている。親父さんが使っていた前掛けらしく、今は彼が使っているという。
「へぇ、昔はよくこうした前掛けを見たもんだが最近はあまり見ないね」と私が言うと、彼がおもしろいことを聞かせてくれた。
最近は大工の作業着もよくなったのでこうした前掛けを使う人は減ったが、かなり丈夫で機能的に作られている。この大きめの前ポケットにはちょっとした大工道具や財布、携帯など何でも入れられる。「ところで武沢、このポケットのことを「どんぶり」っていうんだぜ」と彼。
どんぶり勘定とは、このひとつのポケットだけですべての入出金を行うことからきたらしい。
「どんぶり勘定」とは、丼メシの丼のことだと思っていたがそうではないとはじめて知った。別れ際に、私はエールをおくった。
「お前も職人として腕をあげながらもどんぶり勘定にならないよう、きちんと収支管理をして経営者としても大成しろよ」
「わかった。経営者になれるよう、今のうちからお前のメルマガを読んでおくよ」