同窓会に参加して「あいつ変わったなぁ」と仲間から噂される人がいる。そうした人の多くは故郷を離れて新天地に飛び込み、幼なじみとの交流を断ち、古い自分を捨て去った人である。
私の同級生にも何人か大変身した女性がいる。中学・高校の時には大人しくて目立たない生徒だったのに、今ではオーラに包まれてスター性がある。「武沢くん、お久しぶり。○○です」といわれて、とっさに思い出せなかったほどだ。
作家の大島正裕氏は『自分を奮い立たせるこの名文句』の中で石川啄木が大変身を遂げたことについて、こんなことを書いている。(文責・武沢)
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江戸時代の日本は旅行こそ許されていたものの、他地域への住所移転は禁止されていた。その結果、血が濃くなり、日本人の地域性は濃厚であった。明治になって廃藩置県が行われ、ようやく庶民にも引っ越しの自由が与えられたが、地域性の濃さは薄らいできたとはいうもののまだ残っている。そのため、ある地方の独自の気風をもった若者が他の地域に移住し、新しい環境に触発されて突然性格が大転換するケースがみられる。詩人の石川啄木もその一人で、岩手県の封建的な気風が残る地域に生まれ、父の失職によって故郷を捨てて北海道に渡る。啄木の強い劣等感と保守的な性格が災いし、新天地でもうまくいかない。やがて、失意のままで東京に出る。ところが、北海道の開放的な気風は啄木の性格に触発現象を起こさせていたようだ。上京後の啄木は人が変わったように優れた作品を次々に生み出していった。
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葛飾北斎はよほど自分を変えたい気持ちが強かったのか、ペンネームを変えること 30回。さらには、生涯で 93回引っ越ししたそうだが、それでも引っ越しはすべて江戸のなかの話。他の藩へ引っ越すなど、違法行為の脱藩でもしないかぎり不可能だった。
今はどこへ引っ越そうがまったく自由。外国で暮らしても国は文句を言わない。名前を変えるのも自由、住居を変え、職業を変えるのも自由。「ディスカバー私」のチャンスはいたるところにある。
古い私、弱い私をまったく知らない新天地。誰ひとり私の顔も名前も職業も性格も知らない。だから、思いっきりなりたい自分を演じることができ。演じるうちに、それが新しい自分、忘れていた自分をとりもどすきっかけにもなる。そんな私が久しぶりに故郷へ帰れば友人がおどろくのも当たり前だ。
さ、私は今年何を変えようか。