(このお話は実話を元にしたフィクションです)
「プロサッカー選手になりたい。すごいゴールキーパーになりたい」と中学入学と同時に地元のサッカークラブに入った昇一(仮名)。両親も兄弟も学校の先生も応援してくれた。
そのサッカークラブには全国から腕自慢ならぬ足自慢の小中学生が集ってくる。彼らの夢は「J リーガーになりたい」「日本代表チームに選ばれる選手になりたい」「欧州のビッグクラブで活躍したい」「Wカップで日本を優勝に導きたい」・・・。みんな夢もデカイ。実際にこのチームから J リーグ選手が何人も出ているのだ。
小学生のころは学校で一番のサッカー選手だった昇一だが、中学生になってこのクラブに入ったとたん、並の選手になってしまった。全国レベルの壁に直面したのだ。何しろ体格ひとつとってみても、当時の昇一の身長 155センチは恵まれているとはいえない。しかし負けん気が人一倍強い昇一は「絶対レギュラーポジションを取ったる」と周囲に宣言していた。背が小さい分、動きは俊敏でキック力もあった。彼のポジションはゴールキーパーである。ライバルは少ない。
一日も休まず練習するうちに、監督にも目をかけられる選手になっていった。ミーティングなどでは、「みんな、昇一の元気さとガッツを見習え」と他の選手の前で監督がほめてくれることもあった。だが、同学年にはすごいゴールキーパーが二人もいた。
その二人は、すでに大人のような体格だった。しかも全身がバネでできていて、手足は蜘蛛のように長い。上下左右に機敏に動き、相手チームに決して点を与えないのだ。やがて昇一は「第三ゴールキーパー」という立場が定着していった。
正ゴールキーパーが怪我をしたときか警告カードの累積で出場できないときにサブのキーパーが試合にでる。そのサブが何かの事情で出られないときに昇一が試合に出られる、というわけだ。実質上は、試合に出られる可能性はほぼ皆無にちかいといって良い。昇一はそのポジションにもめげず、人一倍練習した。
結局、中学三年間で公式戦に出たことは一度もなかった。
中学三年生になって進路を決める時期がきた。こわかったが、監督に率直な意見を聞きに行った。
「ぼくがプロ選手になれる可能性はどのくらいあるでしょうか?」
監督はしばらく考えこう言った。
「昇一、一生のスポーツとしてサッカーを楽しめ」
監督のメッセージは中学生にもすぐ理解できた。小学生になる前から 10年間想いつづけたプロサッカー選手になるという夢は、この日、きっぱりと断たれた。
帰り道、昇一はひと目をはばからずに泣いた。初めて挫折というものを味わった。
「応援してくれたお父さんやお母さんになんて言おう、兄弟や先生や友だちにはどうやって伝えよう。それに、僕はこれからどうしよう」
結局、「どうにでもなれ」と高校・大学ではヤンキーになった。
その間にも、同期のサッカー選手が五輪代表チームで活躍している、などの情報が耳に入ってくる。そのたびに胸がしめつけられるような気分がした。ものごころがついたときから夢をもっていた昇一にとって、それがない、という状態は表面的には楽しくてもどこかはかない気がする。
ある日、髪の毛を鉄腕アトムのように尖らせ、真っ黄色に染めて友だちとライブにでかけた。その会場で一人の女性と出逢った。名を豊子といった。学校は違うが、彼女が一学年上の大学生だった。
<明日につづく>