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握手抱擁について

ボクシングの亀田三兄弟が揃って世界チャンピオンになった。オヤジがおかしい、試合相手が弱い、マナーが悪い、いろんな批判を浴びながらも三兄弟同時チャンピオンの偉業は輝かしい金字塔であり、心から「おめでとう」と申し上げたい。ファンなら「ありがとう!」だが、ファンでないから「おめでとう」。この偉業は亀田家が力をあわせて子どものころから練習を重ねてきた結果であり、その努力に感服するし、もっともっと賞賛されてしかるべきだとも思う。

それはさておき、ボクシングなどの格闘技をみていると、試合が終わったとたんに互いにたたえ合う光景がみられる。握手だけでなく、ときには両者が抱擁しあうこともある。それが美しくみえることもあれば、時にはそれが不自然な光景に思えることもある。

今まで殴ったり蹴ったりしていた相手なのに、一瞬にして握手・抱擁など私にはできない。格闘しているからには相手を打ちのめしてしまいたいほどの憎しみに近い感情で戦っているはずで、試合直後にもその闘争本能が残っているはずだ。きっと一流選手になると、相手のことを尊敬しながら格闘できるのかもしれない、と自分に言い聞かせてはいる。

サッカーでも思うことがある。
国際 Aマッチで相手国と死闘をくり広げたあとホイッスルがなり、審判や相手選手と笑顔で握手したりユニホームを交換する姿は、時には美しいが時には不自然にみえる。

とくに負けが確定したその瞬間は、くやしくて握手どころの騒ぎではないと思うのだがどうだろう。偽善者のようににこやかに相手と握手
・抱擁するのはやめてほしい。放送で試合をみていたファンとして、負けてしまったことを真剣に残念に思っているのだから。

野球でもそれに近いことがある。
相手選手に痛打されてこちらはピンチなのに「おめでとうございます」とでも言って相手に挨拶している選手がいる。何を話しかけているのかは分からないのだが、まさか「こんにちは」ではないと思うので、おそらく「おめでとうございます」か「ナイスバッティング」というところだろう。打たれまいとして投げている味方のピッチャーやキャッチャー、それに見ているファンに失礼ではないだろうか。

剣道や柔道など、日本古来の武道は礼に始まって礼に終わる。しかもその礼にも型があり、だれも握手や抱擁をしない。(礼のあとにする場合もあるが、それでも試合会場では手短だ)

ビジネスでの挨拶はどうか。偽善にもとづく虚礼をしていないだろうか。心からの挨拶や握手をしているだろうか。微妙な判断がもとめられるのが握手である。この場で握手すべきか、すべきでないか。握手を求めてよいのか否か。そうした瞬時の判断に迷うことがある。迷ったときは手を出さないように私はしている。なぜなら、迷う前に自然に手が伸びているからだ。

「握手」ということについて岡本太郎とピカソのエピソードが好きなのだが、紙面の都合で明日にしたい。