未分類

誤った能力主義

「武沢さん、この春から当社も能力主義型賃金にしたのだけど、どうもうまくいっていない。何がいけないのだろう?」

「何があったのですか、下畑社長?」

「当社は子供服小売業なので、米国デパートを参考にして、社員の一人当たり・時間当たり売上高をベースにした成果主義に切り替えたのですよ。昨年春に新・人事制度の発表とテスト運用、この春から本格運用を始めているのだけど、どうも期待したようなムードの盛り上がりが出てこない。」

「ほぉ、どんな感じなのですか?」

下畑社長の話を要約すれば次のようになる。

下畑商店(仮名)は、現社長が創業して間もなく25年になる。奥さんと二人三脚で創業し、好調に業容が拡大。スタッフも増え、子供服が大好き、接客が大好き、商売が大好きという人柄のよい社員30名ほどで、四つの店舗を運営するまでになった。

しかし、昨今の景気冷え込みを機に業績は急ブレーキ。3年前から赤字に転落しているという。目標意識や利益意識の希薄な仲良し集団である現状を憂慮した社長が決断した。「能力主義に切り替える!」と。

そこで賃金設計の本を買い込んで、社長自ら新制度を設計したというから大したものだ。この新・賃金制度は『キャスティングプラン』と名付けられ、その主旨や制度の詳細も充分に説明してきたという。だがうまくいっていない。個人の販売実績を集計し、目標対比の棒グラフを貼りだしてもムードは一向に高まらないのだという。

そこで、さっそく評価表を拝見した。うまくいかない原因は一目瞭然だ。

デミング賞でおなじみのデミング博士は、伝統的な一年に1~2回の個人業績評価は、チームワークを損なうと断定した。それに対して多くの専門家も賛同している。
「あなたは、社員○○人中△△番目の査定結果でしたよ」と言わんばかりの評価制度はむしろ有害であり、組織に対して破壊的性格を帯びさせかねないのだ。

下畑社長のように、時代の趨勢にあわせて新しい人事制度を設計しようという野心はすばらしい。だが、あまりに安直な個人能力主義への転換は、日本だけでなく欧米でも問題とされていることを理解しておこう。
大切なのは、組織全体の力が高まるような制度か否かである。そのためには、チーム全体の業績に応じて奨励金を支給することが先決であり、その配分にあたっては、そのチームに任せてしまうくらいでちょうど良い。

蛇足ながら、

自己紹介ならぬ他人紹介をしあうことで、かえって相互理解が進むことがある。これを他己紹介などともいう。自己アピールよりも、他人のアピールのほうが、その魅力を遠慮することなく語れるという心理が私たちにはある。同じように私たちは、自分個人のためにがんばるというよりは、組織のためにがんばるというモティベーションのほうが強いことが多い。その大切なエネルギーを助長してあげるような人事制度が望ましいのである。