「浅田君、キミのリーダーシップは管理職止まりのものであって、経営者のそれじゃない。そろそろ脱皮しようじゃないか。」
社長の大木は、浅田専務に向かってそう言い放った。
営業を中心とした“現場”を陣頭指揮する専務の浅田は、自らのリーダーシップに自信をもっていた。部下から好かれ、信頼も厚く、困ったことがあれば、部下から必ず報告・連絡・相談がある。また、顧客からクレームがあれば、部下を引き連れ、まっさきに客先に出向いて処理する。支払いの悪い客には直接かけ合って折り合いをつけてくる。そうした現場処理の頼もしさは、浅田が社内ナンバーワン、いやオンリーワンであろう。自他ともに認める、らつ腕・浅田に対して、「管理職止まり」を宣告した大木の真意はどこに。
ムッとした表情で浅田は、「社長、具体的に私にどうしろ、とおっしゃるのですか。」と切り返した。
「浅田君、すばらしい。その質問が出るのを期待していた。ここへ掛けたまえ。」と浅田をイスに座らせた。
「何度も言うようだが、営業部長としてのキミは『コンバット』に出てくるサンダース軍曹のように頼りになる。営業部門だけでなく、現場の実務はあなたがいるかぎり私は安心できるのだよ。」
「だが、・・・」と、社長の大木は次のように続ける。
我々の目標は、“今の仕事を卒業すること”にある。そのためには、今の職責が全うできるということを証明することと、次の職責を任せられても大丈夫だ、という期待を持たせなければならない。
専務の浅田は、「営業部長」というポストに就いて早7年になる。そのポストを充分にこなし、職責を全うしてくれることは、すでに証明済みの能力だ。そろそろ未証明の能力を証明してほしい、それが浅田にとっての成長だ。たしかに、浅田は、「営業部長」という仕事が好きであり、得意に違いない。だが、同時に「専務」という経営者業の方の職責は、無意識に避けてきているふしがある。
社長の大木は、秘書に「お茶を二つ頼めないかい」と内線電話したあと、浅田に向かって、「そこで、君に三つの提案がある。」と口調を改めた。
「提案? なんでしょうか?」
「君にとってはチャレンジになるはずだ。」
「わたしにとっては、毎日がチャレンジのつもりです。どんなことでも納得できれば挑みますよ。」
大木の提案は、次の三つのことを12ヶ月以内に実行し、その能力を証明してほしい、というものだ。それが証明できれば、副社長への昇格を検討する、と約束した。大木のリクエストとは、
1.経営関係の書籍を毎月3冊読み、レポートを提出すること。
2.会社の「5カ年経営ビジョン」を浅田専務が中心となってとりまとめること。
3.部下を指導育成するための新しい技法として、コーチングの概念と手法を学び、社内に広めること。その結果、来年には後任 の「営業部長」が育っていること。
浅田はしばし言葉を失った。いずれも苦手なことばかりなのだ。それでも気を取り直し、話しはじめた。
「なるほど理解いたしました。社長が“やれ”とおっしゃる事ですからもとより異論はありません。でも、なぜこれらのことが私に求められるのか、納得させてもらえませんか。」
「もちろん、そのつもりだ。まず、経営者に必要な能力として・・」