実話ベース物語

200年前、鉄道を揚子江に沈めた上海政府

●デジタル技術やAIなど、テクノロジーの進化はとどまるところを知らない。
 私は新しいものが大好きでなんでも飛びついて買ってしまうタイプだが、家族は意外に
 私と正反対なところがある。

●私が新しいiPhone15に興味を示していると、iPhone7を使っている家族が
 「お父さん今のiPhone12に何か不満でもあるの?」と聞く。
 私が首を振ると、「だったら不満が出たり故障したりした時に買えばいいんじゃないの」
 と私を諭しにかかる。

●私が屁理屈のような反論をする。
 「テクノロジーの進化というのはそういうもんじゃない。困っているから買うのでは
 なく、買ってからその恩恵をどう受けるかを考えるものだよ」
 「まず買うと決めてること自体がおかしいでしょ」
 「そんなことはない。飛行機をみてみろ、誰かが困っていたから飛行機を発明したわけ
 じゃないだろう。大切なことは夢をもつことなんだ」

●議論がまったくかみ合わなくなる。
 要するに好奇心をもって新しいものに挑戦するのが好きな人と、保守的かつ現実的で
 財布のヒモがかたい人との考え方の相違なのだ。

●儒教の古典『書経』のなかに「奇技淫巧」(きぎ いんこう)という言葉が出てくる。
 奇抜な技術で楽をしたり、人を驚かすのもいかがなものか、という意味で使われる。
 「奇技淫巧」の精神が中国では長く続いたようだ。

●19世紀後半、中国では西洋から鉄道というものが入ってきた。
 日本でも明治5年(1872年)に新橋・横浜間で鉄道が開業し、大いに利益をあげてい
 た。その4年後、イギリスは上海でも鉄道を走らせないかと提案した。

●ところが時の上海政府は「鉄道なんて奇技淫巧」と考えた。
 誰も困っていないのに、そんなことに無駄なお金を走らせる余裕はないというわけだ。
 しかし日本で鉄道は大人気で運営会社も利益をあげていると知って態度をあらためた。
 SL「先鋒号」を先頭にして客車を何両か付けて上海市内を走らせることにした。

●この列車は一日6往復し、日本同様に大いに利益をあげた。鼻が高いイギリスの
 鉄道会社。しかし、好事魔多し。
 ほどなくして一人の中国人兵士が列車にひかれて死ぬ事故が起きてしまった。

●上海当局は「事故があるとは聞いてない!即日運行停止だ」と列車を止めてしまった。
 そして英国企業に購入費用を全額支払ったのち、機関車とレールをすべて取り外してしま
 った。そしてそれらを揚子江に沈めてしまった。鉄道はやっぱり「奇技淫巧」だったと
 いうわけだ。

●あれから200年、今では「奇技淫巧」という言葉が死語に近いが、私の家族のように
 新しいものの導入に懐疑的な人はかなり多い。
 無計画な衝動買いは戒めるべきだが、計画的なテクノロジー投資は惜しまずにやるべき
 だろう。とりわけ来たるべくAI本格活用時代は、テクノロジー利用の格差で優勝劣敗が
 決まるので「奇技淫巧」なんて言葉はこの際、忘れてしまったほうが良いと思っている。