国内経済

若旦那の二階ぞめき

古典落語の演目のひとつに『二階ぞめき』がある。
「ぞめく」とは遊郭などを冷やかしながら歩くことを言うが、ある商店の若旦那は大の吉原好き。
吉原ぞめきが大好きでやめられない。
毎晩通って散財するものだから父親がかんかんに怒ってしまった。
ついに「今度吉原に行ったら勘当する」と言い渡された若旦那。

「弱ったな~」
吉原に行きたいが勘当も困る。
そこで若旦那は何を考えたか。
腕のいい棟梁に頼んで家の二階を吉原そっくりに改造してもらうことにしたのだ。
ある日、二階が騒々しいので父親が丁稚に「二階の様子を見てこい」と命じた。
すると二階では、若旦那が花魁と口論になり止めに入った他のお客も巻きこんで大騒ぎをしている。
そんな一人芝居中の若旦那がいたのだ。
心配して丁稚が声をかけると若旦那はばつの悪い顔をしてこう言った。

「悪いところで会ったな。おれに会ったことは家に帰っても内緒にしてくれ」

志ん生、志ん朝、談志が得意とした。

もしタイムマシンがあったら真っ先に行きたいのが江戸時代の吉原だ。
色里は昔も今もごまんとあるが、吉原だけがもっていた男を夢中にさせる様々な仕掛けをこの目で見てみたい。

単なる好奇心だけでなくマーケティングの仕組みを研究するための実地見学も兼ねて当時の吉原に興味がある。
「花魁」が公道をしゃなりしゃなりと歩いてみせる「花魁道中」なんて誰が思いついたか知らないが最高の宣伝法ではなかろうか。

どれだけ金がある豪商でもどこかの藩のお殿様でも、吉原にあっては花魁に勝てない。
花魁上位の考え方があるのだ。
格子戸の遊女は別だが、花魁は一見お断りである。
お金だけでは相手にしてもらえないのだ。
しかるべき紹介があって始めて顔見せが叶う。

初回は本当に顔見せだけで斜め座りし、「よく来てくんなまし」と火をつけた煙管を手渡されて終了。
周囲には花魁の付き人もたくさんいる。
二度目の面会は「裏を返す」という。
裏を返すことで二度目は二人きりでの面会が叶うわけだがこのときも茶飯までしか相手をしてくれない。

三度目からようやく「なじみ」扱いされ寝具を敷いての対面が許される。
その間、たくさんのお金をつかって誠意を見せ続けねばならない。
もしその期間中に、よその遊郭にあがっていたといった噂が花魁の耳に入ろうものなら永久に対面は叶わなくなる。
浮気者は遊郭でも嫌われるのだ。

この、「一見(いちげん、初回は紹介)」、「裏を返す(二度目)」、「なじみ(三度目以降)」のシステムはマーケティング的によくできている。
客の本気さと誠意を試しているのだ。それをクリアしてきた客の多くは誠実である。
財力があって誠実な人だけが花魁の客になれるというわけだ。
今、東京の吉原に行っても当時の面影はない。
高値の華の花魁を夢見た江戸っ子たちの笑えるような笑えないような落語ネタや浪曲ネタを聞いて想像するしかないようだ。