実話ベース物語

札幌で起きた恥の三度塗り事件

ウケがいい話は何度もしたくなるし、ウケが悪いといくら気に入ったネタでも使いたくなくなる。
それは落語や漫才のお笑いネタだけでなく、講座やセミナーでの講師も同様だ。

ただ、お笑いの世界と講師の世界とでは大きく異なる点がある。
お笑いネタは何度やってもウケるが、ビジネス講座で同じ話を聞かされるとお客は怒り出す。
「その話はもうわかったから違うことを聞かせろ」というわけだ。
過度な重複が許されないのが講師業である。

ただし例外が二つある。
同じネタをくり返しても許されることがあるのだ。
ひとつは定番講座の場合。
同じ資料やフォーマットをつかって解説する講義などは、意識的に同じ話を何度もくり返す。
むしろこの部分が毎回コロコロ変わることの方が不自然だ。

もうひとつは、聞き手が入れ替わっている場合。
全国に熱狂的なファンがいる田中真澄氏の場合、多いときは年間300回以上の講演をされていた。
私も30代、40代、50代と三度講演をお聞きした。
30代のときは主催者の幹事として田中先生をエスコートさせていただいたが、基本的に毎日同じ話をすると伺った。
たとえ話などはその都度新しくなっていくが、元気がもらえるパッション講演という原則はずっと変えない。

私は40歳でコンサルタントになって以来密かなモットーがある
それは「同じ話は二度しない」というもの。
ミックジャガーはかつてこう言っていた。

「サティスファクション?俺たちゃ、あんな古い曲を歌うために活動してるんじゃねぇよ。」

ある日を境にして、彼らはこの大ヒット曲を歌わないと誓ったそうだ。
最新の曲がオレ達のベストなんだ、という精神こそロック魂であり、昔のヒット曲でお客を喜ばすポップなタレントなんかじゃないという矜持である。
私もストーンズを真似て、いくらウケた話があったとしても同じ相手に同じことを二度は言わないと内心で決めた。

そんな小さなプライドをもって講師業を続けてきたが、それが崩れおちたのは忘れもしない、2004年の5月、場所は札幌だった。
いつもそうだが、話し始めのうちは緊張が抜けない。
知らない人が多いと特にそうだし、ましてその日は妻も一番うしろの席で聞いていたので一段とやりにくかった。

緊張したときはお得意ネタでいくしかない。
前年も同じ話をしているがWish-Listと偉大ゾーンの話はウケがよいのでそれをやってから調子をあげていくことにした。
話し始めていくと、その日の札幌の皆さんはノリがよく、笑顔で楽しそうに聞いて下さる。真剣にメモをとっている学生さんもいる。
初の予定を少し変更してその勢いで同じ話題を広げていった。

15分ほど経っていただろうか、調子があがってきたときだったが、幹事さんが真顔で私のところにやってきた。
そして演台の上にメモを置き、そのまま戻っていった。
ただならぬ空気である。
「なんだろう?」
話をとめてメモをみる私。
表情が一瞬くもり、小さく動揺したことに気づいた人もいるだろう。
メモにはこう書かれていた。

「武沢さん、前回と完全に話がかぶっています。そろそろ今日の本題に入ってください」

その日、幹事に頼まれていたテーマは「目標設定と行動計画づくりの技術」というものだった。彼はそれを受講者に約束した手前、その話を聞きたかったのだろう。
だが、言われるまでもなく私はそれを承知している。
今の流れのなかで本来のテーマにもっていくつもりでいた。
主催者と演者の意思疎通のギャップがあったのだと思う。

今の私なら平然とメモを読み上げるだろう。
「あ、いま幹事さんからメモが届きました。武沢さん、めちゃくちゃおもしろい話でもっともっとお聞きしたいのですが、今日のテーマもすごく気になるのですこし巻きでお願いします」
と創作して読み上げる。

だが当時の私は50歳になったばかりで未熟だった。
本当に動揺してしまった。
顔はこわばり、ぎこちなく話題を本来のテーマに切り替えた。
最悪だ。
心の余裕もなくし、それ以降は持参した資料を読み上げ、書式の解説をするだけのつまらない講師役を1時間もつとめてしまった。

「やってしまった」という脱力感と絶望感。
懇親会もセットになっていたが行きたい気分ではなかった。
だが受講者の皆さんは笑顔で楽しそうにしておられるのに助けられた。
行った店は覚えている。狭い居酒屋だった。
あの日の酒は人生で10指に入る苦さだった。

同じ話を二度しないと決めている私がそれを破ってしまい、それを指摘されて動揺しまくるなんて、恥の上塗りではないか。
懇親会でも落ち込んでいるわけだから恥の三度塗りである。
今思い出してもホロ苦いが、その日以来となる友人が札幌に複数できたわけだから本当に人間万事塞翁が馬である。

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