暴言で野球界を引退した選手

●元阪神タイガースの主戦投手・江本孟紀（えもとたけのり）氏は現在74歳。
衰えぬ辛口解説で人気だが、現役最後の年になった1981年の対スワローズ戦で暴言を吐いた責任をとり、この年を最後に引退した。
41年前の出来事なのでまだ覚えておられる方も多いと思う。

●「ベンチがアホやから野球でけへん」という有名な暴言。
言った、言わないの水かけ論もあったが「くそっ。バカッ。何を考えとんねん。このくそベンチ！」と言ったことは認めているようだ。
シーズン開幕前から江本投手と中西監督の間には確執があったが、肝心の勝負所で明確な指示を出さずにベンチ裏に消える中西監督を個人攻撃したのは間違いない。
この年、阪神タイガースは3位に終わり中西監督もこのシーズンを最後に身を引いた。

●8年連続二桁勝利するなど、実績と人気を兼ねそなえた江本投手だが思ったことをストレートに言ってしまう物言いと、グローブやたばこを投げつける短気なところがあった。
監督やコーチとしては扱いづらい選手だったことは想像に難くない。

●「江本はこの先どうするつもりなんだろう」とファンや関係者は心配した。
普通なら一巻の終わりだ。
下手をすると野球界にもいられなくなる。
トラブルを起こして引退した選手にコーチのオファーも来ないだろう。
解説者としてのオファーならある程度くるだろうが・・・。
誰もがそう思っていた時、江本氏は別の仕事をしていた。
作家業である。

●「ベンチがアホやから」といった強烈な表現がファンに受けると見込んだ出版社があったのだ。
KKベストセラーズである。
同社から引退翌年1月に出された『プロ野球を10倍楽しく見る方法 ―抱腹絶倒!』が大ベストセラーになったのだ。
あまりに売れたので、映画化され、シリーズ化も決定した。さらにこの本は業界暴露本の草分けとなり、シリーズ全体で200万部を超えるヒットとなっている。

●「○倍楽しく」といったタイトルの類書が次々に生まれるきっかけをつくり、他の出版社からも書き下ろし文庫シリーズが出るほど執筆依頼が殺到した。
本が売れるとオファーが増える。野球解説の仕事はもちろんのこと、バラエティなどへの出演が引きも切らない。
ついにはアントニオ猪木氏の誘いで政界に進出し、スポーツ平和党で初当選を果たしてからは12年間の政治活動もつとめた。
こうして江本氏は野球界に復帰することなく自分の新しい世界をつくった。

●もしあのとき中西監督が有能で江本選手が暴言を吐く必要がなかったらどうなっていたか。
もしあの時暴言を吐いていなければ・・・。
吐いた暴言を悔やむことは多いが、吐いて良かったと安堵するケースは江本氏だけのものだろう。
Wikipediaに載っている江本氏の著書は69冊。
共著や編著もあわせると80冊近い。

●いやはや何ともすごい人生である。
むかし「禁煙パイポ」という製品のCMで「私、これで会社をやめました」と小指を立てる男性が話題になった。
江本氏は「ベンチがアホ」の暴言で野球をやめたわけだが、今の仕事をやめてからでも大輪の花を咲かせることができる。
そんな道筋をつけてくれた先駆者として江本氏の暴言引退騒動は覚えておいて損はない。

★江本孟紀氏（Wikipedia）
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E6%9C%AC%E5%AD%9F%E7%B4%80