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リディア・シモン選手の究極の言葉

リディア・シモン選手の究極の言葉

●先日TBSの「オールスター感謝祭」を見ていたが、コロナの影響で規模も予算も縮小され、こぢんまりしていた。
20年ほど前、この番組のマラソンレースによく出ていたのがルーマニアのリディア・シモン選手。
ハンディキャップをもらって先行するタレントランナー達を淡々と抜き去るシモン選手の走りっぷりに心躍ったものである。

●大阪国際女子マラソンでは次々に日本代表選手を退け、ヒール役になった。
17回大会(1998年)から19回大会(2000年)まで三連覇を成し遂げたシモン選手は19回大会で弘山晴美選手とデッドヒートを繰り広げている。
当時のスポーツ記者は「序盤、可憐な少女だったシモンが終盤に般若の走りに変わった」と評した。

★2000年 弘山晴美選手とのデッドヒート

●その走りが20年前の「オールスター感謝祭」で再現されたのである。
独特のフォームで走る彼女の姿を見ているだけで意思の強さが伝わってくる。
案の定、自他共に意思の強さを誇るシモン選手だが、こんなことを語っている。
「私は意志がとても強いと自分でも思っています。マラソン選手はどの国の人でもみんな意志の強い人ばかりだと思います。しかし、その中でも、私は並外れて意志が強いのです」

ここまで言い切れる人は少ない。

●95年のイエーテボリの世界選手権でシモン選手は両足豆だらけになって走った。
靴を血で真っ赤にしながら、それでも10位に入っている。
ゴールしたあと靴を脱いだら、血に染まっている靴下が皮膚にめり込んで脱げなかった。

●マラソンレース中はいろんなことが起きる。
体調異変もそのひとつ。
97年のアテネ世界選手権では嘔吐しながら3位に入った。
99年のセビリア世界選手権では、急性盲腸にかかりながらも3位。
翌日緊急手術している。
「レースでは自分自身との闘いです。自分と闘って勝たなければなりません。レースを走りながら、闘えば闘うほどそこに勝利が見えてきます」

●そんなシモン選手の究極の名言がこちら。

「Pain is inevitable. Suffering is optional.」

「痛みは避けがたいが、苦しみはオプショナル(自分次第)」

●この言葉に敏感に反応した小説家が村上春樹氏。
彼もランナーなので、言葉の意味を誰よりも深く理解できたのだろう。
エッセーの中で村上はこう述べている。

「たとえば走っていて『ああ、きつい、もう駄目だ』と思ったとして、『きつい』というのは避けようのない事実だが、『もう駄目だ』かどうかはあくまで本人の裁量に委ねられていることである」
(『走ることについて語るときに僕の語ること』より)

●選択肢はひとつでない。
肉体や心の訴えだけがオプションなのではなくあなたの意思をオプションにすることもできる。
その意思は、何をしたいかで決まる。