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年金を我慢して社会貢献

年金を我慢して社会貢献

●同級生が定年退職するという話は10年前から聞くようになったので、今更そうした連絡をもらっても驚くには値しない。
だが、昨日弟から「兄貴、オレも定年退職したよ」というメールをもらったときにはしばらく固まってしまった。
あんなに幼くてお茶目だった弟までもがついに定年退職・・・。
そんな馬鹿な。
自分の年齢の進み具合を周囲に教えられる思いがした。
そして、定年がない生き方をしてきて本当に良かったと今更ながら実感した。

●人口減少の世の中にあってまだ働ける人たちを一律でカットしてしまう定年制などに意味があるのだろうか。
ある程度年齢がいくと健康面やメンタル面の問題から生産性が落ちてしまうことがあるのは認める。
若い人にチャンスを与える意味からも役職定年制や降格降給制度は必要だと思う。
だが、定年制には意味をあまり感じない。

●アメリカ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドには定年制がない。
それ以外の国には定年制が存続しているが、定年制ができたのは100年以上前のこと。
ドイツで誕生したときの定年制の精神はいまとは違う。

●ドイツ帝国初代宰相・ビスマルクが年金制度と併せて定年制を導入した。
当時のプロイセン軍隊の引退後の年金対策として定年を65才と定めたもの。
当時、ドイツ国民の平均寿命は30代半ば。
つまり、年金制度をつくって資金徴収を始めるものの、当面のあいだは給付をしなくてすむ。
65才という定年年齢も、当時の感覚からみれば100歳ぐらいのもので、それをあてに生活設計する人などいなかったはずだ。

●ドイツでは軍人への恩給的意味合いでつくられた年金制度。
日本の年金制度は国民全員の義務となった。
65歳で年金受給が始まるのなら、企業の定年も65歳ということで筋が通っている。
だが、国民の平均寿命が80歳を超え、今後さらに伸びようとしている今65歳で定年扱いするのは国家の損失である。

●ただ、65歳でもらえる年金を70歳以降に延長しようとすると国民の反発もある。
そこで現在のような段階的な制度になり個人の意向も踏まえた制度設計になっているわけだが、私の考えは定年制廃止と年金支給は70歳以上というもの。
70歳になれば受給権をもらえるが権利行使を伸ばせば伸ばすほど特定組織に「我慢資金」がプールされるようにする。

●たとえば、「我慢資金家族型」・・・本人の子どもや孫に受け取りを我慢した分が加算される制度。
だったら我慢してやろうじゃないかと思える。
「我慢資金NPO型」・・・特定のNPO活動に対してあなたの我慢分が寄付される。
「我慢資金地域型」・・・あなたの地域や母校などにあなたの我慢分が寄付される。
いろいろあると思うが、他人のためならもっとがんばれると思う人は多いはずだ。

●ちなみに弟は年金受給が今月から始まる。
満額受け取るために今後は嘱託社員として時間調整しながら働くそうだ。
年金のために仕事量をセーブするというのはいまの制度がもたらす弊害と言わざるを得ない。