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こんなときは「退職意向承諾書」を出す

社員に甘いと経営全体も甘くなる。
不良社員がいるのに毅然とした態度を示せないでいると会社全体のタガが緩んでいくのだ。

「相談がある」
ある社長が訪ねてきた。
長年、内装工事業を営んでおられるのだが、最近、社内に撹乱分子がいて困っているとおっしゃる。

「かくらんですか?」と私。
「そう、その社員が社内をかき乱しているのです」
「どういうことですか?」
「去年の春に入社してきた年配の男性なんですが、うちの働き方に不満があるようで、事あるごとに『ここはブラック』『こんな会社オレは辞めたい』『さっさと辞めるべきだよね』って他の社員に言い触らしています」

「不満を言われるようなことは特にない」と社長。
残業が多いのと、休みが不規則になるのは事実だが、手当はきちんと出しているし、就業規則どおりの休日数を確保し、有給休暇も与えているという。

武沢:で、相談というのは何ですか?
社長:先日、その社員が僕のところにきて「5月の連休明けに僕は辞めますわ」と言うのです。
武沢:辞めてもらったほうがいいですよ。
社長:私もその腹をかためているのですが、実はこれが三度目なんです。
武沢:三度目の辞意表示ということですか?
社長:そうです。私に言ってきたのが三度目で、社員の前ではもっと多いと思います。無論、社員たちも最近は笑って聞き流してるようですが・・・。
武沢:辞意をもらした後、うやむやになってるわけですか?
社長:何もなかったように平気で出社してくる。きっと今度の辞意もそうなるのではないかと思います。
武沢:その社員が抜けることのダメージは大きいのですか?
社長:実はそうでもない。軽作業なので替え玉社員はいくらでもいるし、何ならしばらくは補充採用しなくても困らないくらいの仕事しかさせていない。
武沢:抜けてもダメージがない人を雇用していることがそもそもの問題ですが、今それは別問題として棚上げしましょう。その社員は本当に5月に辞めてしまってもよいのですね?
社長:ホンネをいえば5月より前だって構わない。
武沢:だったら「退職意向承諾書」のような書類を早く本人に渡して、法的に退職を決定してください。
社長:えっ、そんなことができるのですか?
武沢:できます。今回は急ぐべきです。なぜなら、本人が先に辞意を撤回してきたら、承諾書が出せなくなるからです。つまり退職の正式決定ができません。撤回後にできることは「解雇」になってしまいます。
社長:「解雇」ではなく、本人からの「希望退職」にしたいです。
武沢:でしたらすぐに承諾書を出すべきです。
社長:どんな文面の書類ですか?なにか書式はあるのですか?
武沢:ネットにあがってます。それこそ文面はなんでもいいんですよ。例えば、
「貴殿から申し出のあった退職希望を受理し、本日、承認いたしましたので、ここに通知いたします。貴殿は、令和◯年◯月◯日をもっての退職となりますので、それまでのあいだに業務の引継ぎなどをお済ませください。短い期間ではありましたがありがとうございました」

といった文章で、その日の日付と社長の直筆サインに社判を押しておけば完ぺきです。
社長:そのあと、もし撤回したいと言ってきたら。
武沢:社長が応じたくなければ、拒否することができます。
社長:こんなことをしてカドが立ちませんかね?
武沢:誰に対するカドですか?ひょっとしてその社員ですか?むしろカドを立てているのはその社員なのですから、こちらはそれに応じるだけです。これっぽっちも遠慮する必要はありません。
社長:そうですか、わかりました。やってみます。

帰り際、社長が見せた心細そうな表情はなんだろう。
私はそれが心配だ。私の予感だが、社長は承諾書を手渡しそうに思えない。
もしそうだとすれば、優しすぎる性格という範疇を通りこして、
経営者にあってはならない人に対する当たりの弱さがでているとしか思えない。
会社を守るために社長の強さを出すことを祈っている。