Rewrite:2014年3月26日(水)
自然志向の食品添加物などを製造販売をされているK社のM社長は、「経営計画書」作りとその精度向上のために情熱をかたむけてこられた。今では、「経営計画書が私と会社を救ってくれた」と明言されている。
手前味噌で恐縮だが、私が主催する「経営計画講座」にM社長は通われた。オーナーではなく雇われ社長として気苦労が多い立場だった。なにしろ、株主だけでも数十人いる。そのうちの半数はK社の配当で生活していた。当然、株主総会には全株主が集まり、業績報告や今期計画の内容を厳しくチェックする。そんな立場のM社長が、はじめて経営計画を作ろうと私の講座に参加されたのである。
6回の講義とメンバー同士の議論、さらには持ち帰り宿題をやりきり、M社長は経営計画書を完成させた。しかもそれに満足せず「もっと精度を高めたい」と毎年、講座に通われた。都合、4回連続の受講をされ、その都度完成度が高まっていった。その間、日本経済や業界の環境は決して良くはなかったが、同社は低成長の中にあって体質転換をとげ、高収益モデルを実現させた。
さらにその5年後、つまり初めてお目にかかって9年後、久しぶりに再会した。
その後の様子をうかがってみると、同社の5カ年計画は売上高誤差が1%で推移、純利益にいたっては当初計画の2倍で推移しているという。もちろん偶然そうなったのではなく、社内の目標管理体制がそれを実現したのだ。「68才なのでそろそろ引退したい」とおっしゃっていたが、経営者として強いオーラを発しておられた。すこぶるお元気なのである。
「計画経営書」が、経営の現場で効力を持つようになるまでには、時間がかかることがある。効力をもつまで粘らねばならない。年々レベルアップさせるものでもある。
経営計画書による計画経営の導入。それは「企業強靱(きょうじん)化」のために欠かせない。