その他

真にお客さんのためを思うなら

先日、あるコンサートが終わり大勢の観客がホール玄関から駐車
のある方に向かって歩いていた。すると私の前を歩いていた70代くら
いの男性が突然前につんのめって倒れた。すこし後ろを歩いていた
様とおぼしき女性があわてて駆けよろうとしたら、その女性も転倒
そうになった。真っ暗で段差があることに気づかなかったのだ。
これは危ない。

・照明を付けて明るくする
・段差があることをアナウンスする
・工事で段差をなくしてしまう

などの対策を講じないと、もしこれが外国なら訴えられても文句は
えないつくりである。

「便益(べんえき)」という言葉があるが、顧客や利用者の便益
つまりゴリヤク、メリット、ベネフィットを追究しようとする姿勢
公共施設にも必要だ。
高齢者が暮らす家はバリアフリーにしたり、階段に昇降機をつくっ
りするのも「便益」発想のなせるわざだが、築年数の古い施設には
そうした視点が欠落しているものが多い。

だが「便益」もやり過ぎるとよくない。
たとえば飛ぶ野球ボール。もし今の2倍以上飛ぶような高反発素材のボ
ールをつかうと試合はどうなるか。野球がまったく別のゲームに変
ってしまうだろう。2倍飛ぶボールが技術的には可能であったとしても、
それをしないのは「便益」の反対の「不便益」を大切にしているか
だ。

不便だから良い、というのが「不便益」。
最近は行きすぎたバリアフリーを反省し、居住者には少し運動して
らうためにあえて段差や障害物をつくるデイケアセンターもあるそ
だ。

オートマチック車が主流になった今でもマニュアルトランスミッ
ョンにこだわる人も「不便益」を大切にしている。レゴブロックや
グソーパズルは「不便益」を楽しむものだし、焼肉もそうだ。
もし特上カルビがまっ黒焦げで提供されたら誰でも怒るが、自分が
くしたのであれば文句も出ないし、それも焼肉の楽しみの一部である。

ある観光用ナビソフトは、近くまで行ったらあとは自分で散策し
目的地を見つけてください、というつくりになっているそうだ。
何でもかんでもピンポイントに誘導するのが優しさではないという
想だ。

こうした「不便益」というものを説いているのが京都大学デザイ
学ユニット教授の川上浩司氏。
2017年に、『ごめんなさい、もしあなたがちょっとでも行き詰まりを
感じているなら、不便をとり入れてみてはどうですか? ~不便益とい
う発想(しごとのわ)』という著書を上梓した。

不便益を研究する第一人者である川上氏の不便益事例が参考になる
である。そもそもこの長すぎる本のタイトルも「不便益」を狙った
のだろう。

「便益」の追究と「不便益」の追究、相反することのように思え
が実は奥にあるのは真の意味での「便益の追究である」。
一見、顧客に不便を与えながらもそれが顧客のためになる、という
が不便益の視点。あなたの仕事でもたまには、顧客の不便益を考え
みてはいかが。