その他

ある会社の働き方改革会議にて

「働く時間をどれだけ減らしたって私は一緒のことだと思うの」
Y社長(70歳、女性、製造業)。
この会社では昨年「働き方改革委員会」を結成した。委員長以下5名の
メンバーで毎月会議をしてきたわけだ。
委員会の目標は「残業の半減と年間休日を10日増やすこと」。
その日は社長への中間報告が行われていた。

社長の発言に、委員長は「またか」という顔をした。
働き方改革に気乗り薄のY社長の口グセは、「働くことがそんなに嫌な
の?」らしい。
こうも言う。
「そんなに早く家に帰ったってやることあるの?長期の休暇なんか
らったって散財するだけでしょ?」

委員長は今日もまた同じことを言わねばならない。
「社長、働くことに喜びを見出すとか、自分の時間をどう有効に使
かという問題はこの委員会で議論することではありません」

「はい、はい、分かってますよ。あくまでここは量的な時間削減に
を絞って議論するってことでしょ」
社長としては分かってはいるものの、勤務時間の削減こそが絶対的
善であると思われるのが嫌で、毎回イヤミを言いたくなるようだ。

それは立場の違いもあると思う。
経営者が感じる経営の喜びは、雇用される側の社員にとっての仕事
喜びとイコールではない。
経営者にとって経営は仕事ではなく人生そのものといえるが、社員
とって仕事は、あくまで人生の一部であることが多い。その感覚の差、
温度差に経営者は気づくべきである。

「で、武沢先生はどう思います」とY社長。

不意を突かれた私はどちらつかずの発言をしてしまった。
・・・
社長の言い分もわかりますし、委員長の言い分もわかります。この
員会は委員の皆さんの考えを貫いていいと思うし、社長の発言につ
ては、然るべき場所でしっかり議論されるべきだと思いますよ・・

「働き方改革委員会」のほかに「環境美化委員会」「顧客満足委
会」「コミュニケーション委員会」があるという。私の発言をきい
Y社長は、「働き方改革第二委員会でもつくってそちらで働く喜びを大
いに議論してほしいわ」と言った。

だが、私はそれについては異論がある。
この会社で働くことの喜びは社員に議論させるものではなく、社長
それを作りあげていく責任があると思う。その日は機会がなかった
で、今度、Y社長にじっくりとそうお伝えせねばなるまい。