親子なのにお互いを「佐藤さん」「三國さん」と呼び合った。そ
どころか三國連太郎は息子が芸能界入りするとき、「おやりになる
ら、親子の縁を切りましょう」とまで言った。
確執の理由は、母と小さな自分を捨てて別の女と結婚してしまった
への恨みである。親子の確執の根は深く、父の告別式でも「ひどい
だった」と語った息子・浩市。血がつながった親子にしか分からな
特別な感情があるのだろう。
事業承継のむずかしさもそこにある。他人従業員のように割り切
ないのである。
H部長(35歳)は父の専制政治に手を焼いてきた。父の言うとお
ないとクビになることは知っている。父には力があり、父の言うと
りにすれば大抵の場合うまくいく。地方都市でパソコン教室と英語
室を展開しているH社は、父が30年前に今の事業に転換したが、
前は江戸時代からつづく料亭だった。
「父の顔をまともに見ることができません。長年連れ添っている
もあきらめて父の言いなりになっています」とH部長が訴える。
最初聞いたときは、なんてひどいオヤジなんだ。クーデターを起こ
て追い出すか、そんなオヤジに絶縁状を叩きつけて家を飛び出ろ、
言いかけた私。
その後、何度かお会いし、ご飯を食べたりお酒を飲んだりするう
にH部長の人となりがわかってきた。同時にH社長(65歳)のこ
んだん分かってきた。気の毒なのは息子だけでない。おそらく浩市
対する連太郎のように、H社長も息子のことで悩んでいるのではな
と思った。
親子が確執を抱えながら事業承継してもうまくいかない。二人は
し合うべきだ。第三者がいれば話もしやすいのだろうが、当事者同
でもある方法をつかえば直接話し合うことが可能だ。
H部長にわたしは宿題をご用意した。講師から宿題が出されたと
ば、親子はそれをもとに話さねばならない。
・・・・・
「がんばれ!社長塾」 武沢信行
先代経営者から次のことを聞き、整理してきてください。
1.創業時に一番苦労したことは何ですか?
2.我社の最大の魅力や価値は何だと思われますか?
3.将来、我社はどのような会社でありたいと思いますか?
4.後継者をこの人に決めた理由(決めようとしている理由)は何
すか?
5.後継者にもっとも期待することは何ですか?
・・・・・
数日後、H部長からメールが届いた。
・・・
ご報告です。先日、武沢先生の課題を持って社長と対話する機会を
けました。その際、ヒアリングのまえに正直に自分の気持ちを社長
伝えました。
こうして面と向かって話すことが得意ではなく、内心は恐いという
とを。それでも会社の将来のため、自分自身のために勇気を出して
話したいと伝えました。
すると社長は、「苦手なことでも負けずに挑んでいると能力は必ず
められる」と言いました。いままでの一方的な関係とは違うやさし
雰囲気で、話しやすくなりました。
私がヒアリングシートにそって質問を始めると、「そうやって質問
てくれれば、私はどんな質問でも答える準備ができている」という
葉をもらい、うれしくなりました。
結局、予定よりも長い時間、社長とふたりきりで話す時間ができ、
れからはこういう機会を増やそうと約束してその日は終わりました
今後も継続して社長に対する苦手意識を克服していきたいと思いま
先代との考えのすりあわせは、家族だからこそ難しいと感じてまし
が、今日のような時間が増えるたびに父が僕に対して期待と心配を
てくれていたのを理解出来るようになりました。
ビジネスパートナーとしてだけでなく、親子としても良い関係が築
ると思うと一層、努力しようと思いました。よいきっかけを与えて
ださって本当にありがとうございました。
・・・
私はH部長にすぐメールした。
・・・
Hさん、すごい!さすがです。
よく勇気をもって対話を申し出ましたね。Hさんの勇気の勝利です
お父さんも二人の対話機会を待っていたのかもしれませんね。これ
らも緊張の表情ではなく、飲んだときのこぼれるような笑顔を出し
自然体でお父さんに接してください。
親子ですからお父さんの理不尽なところがたくさん目につくのはよ
分かります。でも、経営者として、リーダーとしてお父さんのすご
ところ、すばらしいところを数えてみてください。いつかふたりで
酒を飲んでみてはいかがでしょう。
・・・