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経営者はロケンローラー

「石巻は、英語で言えばロックンロール。何か縁を感じる」そう言
いながらバナナ690本、ミカン690個などを石巻の被災者に届けた内田
裕也氏が先日亡くなった。
年齢も69歳+10。最後まで「ロケンロール」を貫いたといわれている。
氏を惜しむ声が芸能界に多いが、私は彼がどういう人だったのかよく
知らない。

ただ、いつも「ロケンロール」と言っていたので、そのたびにロッ
クンロールのことを思い起こすきっかけをくれた人だ。
そういう点で氏の存在は大きく、今後、後釜になる人が音楽界や芸能
界にどれだけいるのか気がかりである。

ロックンロールの定義はあいまいだ。音楽的なロックンロールと、
生き様的ロックンロールの二つがあることは間違いないようだ。内田
が目ざした「ロケンローラー」はその二つが備わった人間を指す。
音楽的ロックンロールはエルヴィス・プレスリーを起源とする。エル
ビスがそうしたように、ビートルズがそうであったように、あらゆる
音楽流派に属さない新しい音楽性をめざすアーチストが作り出す楽曲
そのものがロックンロールといえるだろう。

精神的ロックンロールとは、世間の常識や大衆の世論といったもの
を無条件に受け入れる生き方を拒否し、局面局面で自分が正しいと信
じたことを迷わず実行する生き方を言う。ひねくれ者、偏屈者、天邪
鬼と似てはいるが、大きく異なる。それは、自己満足でそうするので
はなく、「周囲を正す」という強い精神性がロックンローラーに備わ
っているからである。

「新手一生」・・・定跡や常識にとらわれず自分の一手が後に定跡とな
るような手を指そう。
将棋の升田幸三名人が好んでそう揮毫(きごう)した。氏は将棋界の
ロックンローラーだし、そもそも将棋界のトップになるような人はロ
ックンローラーでなければつとまらない。

経営者もロックンローラーでなければならない。
音楽や将棋のロックンローラーと違って、経営者は説明責任を伴うロ
ックンローラーである。
経営理念を明確にし、ビジョンを掲げる。目ざすものは明確で、一人
ではとてもできないスケールのことを考える。
理念はあるが、何ものにもこだわらない。絶えず最善の一手を打つこ
とに集中する。過去の経験や知識も参考にするし、部下や専門家の意
見も聞く。だが、最後は自分ひとりで決断し、その責任のすべてを負
う。だから真の経営者は皆、ロックンローラーである。