<昨日のつづき>
天才建築家、フランク・ロイド・ライトが世界的な建築家だったこと
は多くの人が知っているが、彼が図面を引いているところを見た人は
ごく少数だったらしい。謎に包まれていたと言ってよいだろう。何し
ろ、家族ですらライトの仕事ぶりをほとんど見ていないのだから。
『天才たちの日課』(メイソン・カリー)という本がある。その中
にライトのことも書かれているが、彼と親しかった女性がこう証言し
ている。
・・・
私の知るかぎり、ライトは毎日、建築設計以外のことにすべての時間
を費やしているように見えたわ。打ち合わせ、電話応対、手紙のやり
とりなど。でも、製図台の前にすわっていることはめったになかった。
いつ、建築のアイデアを考えたりスケッチを描いたりしているのと尋
ねたことがあったわ。
・・・
ライトは「午前四時から七時の間だよ」と答えたそうだ。毎朝四時ご
ろ目が覚めると、もう眠れない。起きて三、四時間仕事をする。その
あとベッドに入ってちょっと寝る。ライトは午後にも昼寝をしたと記
録されている。
彼はスロースターターだったようで、頭のなかで全体像が仕上がっ
てからでないと、スケッチさえ描こうとしなかった。そして、ここが
ポイントなのだが、多くの同僚が驚きをこめてこう証言している。
「ライトはクライアントとの重要な打ち合わせの直前まで設計図を書
くのを引き延ばした」
ライトの代表作のひとつ「落水荘」の場合、ライトが図面を書きは
じめたのは、クライアントがいまから車で二時間ちょっとでそちらに
着くと電話をしてきてからだった。ライトは追いつめられた状態で一
気に創造性を発揮した。彼は仕事の納期で追い込まれても決して焦る
ことはなかった、とも証言している。
関係ない話題かもしれないが、ライトの創造的なエネルギーは妻と
の寝室生活でも充分に発揮されたという。八十五歳になっても一日に
二、三回セックスができたという。
「たぶん、神様の思し召しだったのだろうが、彼の欲望があまりにも
激しいので、私は心配になった。こんなに性的なエネルギーを発散さ
せるのは体に悪いのではないかと思ったの」と三番目の妻は書いてい
る。医師はライトに性欲減退剤を飲ませようと提案したが、結局妻は
それを断っている。
話を元にもどそう。
人前では練習嫌いで通した天才打撃職人・落合博満。人前では滅多に
図面を書かなかった天才建築家・ライト。
「じゃあ私も見習って仕事や練習を減らそう」などと思わないでおこ
う。天才たちにとっては生きることや生活することがすなわち野球や
建築だったはずだ。
たくさんの趣味や好奇心を多くの凡人はせめて1日8時間の仕事ぐらい
は他ごとに時間をつかわず本職に専念したいものである。