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三光堂でペンを買う

小説家のなかには自分がつかう商売道具に(万年筆や便せん、パソコンなど)トコトンこだわる人と、まったくこだわらない人がいる

こだわる人はこう言う。

「毎日原稿を書くということは容易なことではない。何らかのストレスがある。しかし、ささやかな楽しみを作ると原稿を書くことも楽しみになる。私の場合、指が気持ちよくなるほどの最高の書き味をもった万年筆を買い、今も究極のペンを探し求めていることが原稿を書く楽しみになっている」(五木寛之)

こだわらない人はこう言う。

「作家の中には、この機種でないと書けないとか、これを使わなきゃダメだとか、アイテムに執着する人も多いようですが、僕はまったく拘泥しませんね。今より便利になるなら、ちゅうちょなく乗り換えます。ただ、道具は所詮、道具でしかありません」(京極夏彦)

私も道具は道具に過ぎないと思っているが、毎日使う以上は自分の一部でもあるので、こだわりはあるほうだ。
使いやすいこと、生産性が上がること、使っていて気分が良いことが私の購入条件になる。
仕事で気分を変えたくなったとき、新しいガジェットや文具を買うことが多いのも、それが気分転換になると信じているからだろう。

この三連休の初日、名古屋の専門店「三光堂」で万年筆を買ってきた。
14年前は神田の「金ペン堂」でペリカン M800を買ったが、今回はM400(極細ペン先)にした。
モンブランもパーカーもラミーもセーラーも持っているが、ペリカンが一番気に入っている。
普段使いするためにボディサイズを少し小さめのM400にした。

今どき、定価35,000円(税別)の万年筆を定価のままで売っている。
「三光堂」や「金ペン堂」「伊東屋」のような専門店やデパートなどは皆、定価販売である。
一方、Amazon や楽天などのショッピングサイトでは10%~20%ほど値引きされており、送料も不要だ。
専門店の店頭で試し書きをして、ネットで買う人も増えているが、私は万年筆だけは必ず店で買うと決めている。

なぜなら、同じ極細ペン先でも個体差があるからだ。
「三光堂」が名古屋の万年筆ファンに支持されているのは、すべて試し書きさせてくれるから。
「M400の極細にします」と決めたら、ほかのボディに付いている極細まで試させてくれる。
万年筆のペン先は工業製品ではない。
職人の手作業による工芸品なので、一本一本、筆致が微妙に異なるのである。
椅子に座ってたくさんの種類の用紙にじっくり試し書きし、数ある中から最善の一本を選ぶ。その満足感を得られることが、定価ではあるが専門店で買うアドバンテージなのである。

しかも「三光堂」は老夫婦の接客がすばらしい。
専門知識や豊富な経験をお持ちでありながら、エラそうなところや押しつけるところが皆目ない。
しかも広い店内では、万年筆をつかってノート類やレポート用紙類を遠慮なく試し書きさせてくれるコーナーがある。
ペンとマッチする紙用品まで選べる店はさほど多くない。

こういう店は、ネットショッピング時代になってもたくましく生き残るであろう。

★三光堂 http://www.sankodo-web.co.jp/profile.htm

今日は万年筆自慢、買物自慢をしたかったわけではない。

ネット全盛のなか、老夫妻の小さな店がここまで善戦していることへの感動をお伝えしたかったまで。