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続・無断でラジオ出演した芸人

NHK の朝ドラ『わろてんか』が佳境に入っている。人気落語家・桂春団治が吉本興業に無断でラジオ出演する場面だ。
(ドラマの脚本では春団治が吉本の社長に「ラジオに出る」と仁義を切っているが実話とは少々異なるようだ)
朝ドラの成り行きをハラハラしながら楽しみたい方は今日のメルマガをお読みにならない方がよい。(ネタバレあり)

大正の終わりから昭和の初めにかけてラジオが一気に普及した。国民の娯楽はラジオから聞こえてくるニュースや読みもの(物語)、落語などに夢中になった。そのころ、高校野球の中継も始まっている。
それは昭和2年のことだ。

だが、阪神電鉄はそのとき、NHKに対してラジオ中継をやめてほしいと申し入れした。中継されたら観客が減ると思ったから。
ところが、NHKがそれを拒否して中継を始めると、客が甲子園球場に殺到するようになった。NHKさん、ありがとうございます、と阪神電鉄は手のひらを返して中継に感謝した。

ラジオ中継で観客が減るどころか、中継のおかげでファンの関心が高まって、生で見たいという欲求が高まったわけだ。果たしてこのことを吉本興業や春団治がどの程度知っていたか?同じ関西なので、甲子園の入場が増えたことは知っていた可能性が高い。

だが、吉本の社長以下、幹部は「芸人がラジオに出たら寄席に人が来んくなる」という意見で一致していた。
しかし、NHK が提示した170円(今の85万円)という高額なギャラに目がくらんだか、春団治はラジオ出演した。
吉本と春団治は険悪な関係になった。このまま両者は仲違いしてしまうのだろうか?

しかし、吉本の寄席で思わぬ異変が起きていた。
甲子園と同じことが起きたのだ。ラジオを聴いたファンが寄席に殺到した。ラジオだけで満足せず、春団治を生で観たい、落語をライブで聴いてみたいというファン心理が爆発したのだった。

吉本の幹部は、社長の林正之助に進言した。
「ラジオの力を認めないわけにいかない」と。吉本は春団治と和解した。今ではメディアともっとも友好的な関係をもつ吉本興業だが、そのきっかけが、この春団治ラジオ出演事件だったわけである。