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伊能忠敬と12月26日

今日12月26日ってどんな日?「Amazon Echo」 に聞いてみた。
すると、1800年の今日、伊能忠敬(この時56歳)が奥州から蝦夷地太平洋岸の実測地図を幕府に上程した日だと教えてくれた。
忠敬はのちに測量計を使うようになるが、このときはまだ歩いた歩数を元に距離を計算していた。歩幅の精度が鍵をにぎる。そのため忠敬は上り坂でも下り坂でもきちんと一歩が69センチになるようトレーニングを重ねた。今思えば原始的な方法だが、後生の人がみても驚くべき精度の地図が完成したのは、忠敬の執念がなせるワザである。

驚くべきことはそれだけではない。

56歳の第一次測量から72歳の第十次測量までの16年間で歩いた距離は35,000キロ、地球の外周が40,000キロなのでほぼそれに近い距離を隠居後に踏破しているのだ。
一日あたり歩いた距離は40キロ。歩数にして58,000歩を毎日歩いて測量した。

残っている忠敬の着物の丈が135cmであることから、身長は160センチ前後、体重は55キロ程度と推定されている。
おそらく全身がバネのような屈強な身体をしていたのだろうと思っていたが、調べてみると忠敬は病弱に近い方だったらしい。

若い頃から体は弱く、病気で寝込むこともしばしばだった忠敬。
大人になっても四国測量のころからは「痰咳の病」におかされていた。
現代でいう慢性気管支炎である。冬になるたびに痰に悩まされていた。
とりわけ食事に気をつかっていたのはそのためである。しかし、最後は慢性気管支炎が悪化して起こる急性肺炎(老人性肺炎)で亡くなっている。

今日12月26日は、忠敬が56歳にして初の測量調査報告を幕府に上程した日なのである。忠敬を感じて過ごしてみよう。