ある日の会合あと、数人の経営者がペットボトルを片手に立ち話をしていた。「今、こんな商品が売れている」「来年はこんなビジネスがいけるかもね」「いや、それより面白いものがある」私もその輪に加わってしばらく談笑していた。
そこへ、会合では最年少の A 氏(40)が通りかかった。
氏は投資家として成功しているので、きっとこういう話が好きに違いない。そう思って輪に加わらないかと誘ってみたのだが、ものすごく新鮮な返答があった。
「諸先輩を前にこういうことを申し上げるのは気が引けるのですが、お金儲けの話はもういいのです」
きょとんとする我々。
「私は、必要とする一生分のお金をもう稼ぎ終わりましたので・・・」そういいながら家路につく A 氏。
顔を見合わす我々。
A 氏もその空気に気づいていたはずだが、我関せずとばかり引き上げていった。
お金儲けのためだけにビジネスをやっているわけではなく、夢や理念の実現のためにやっている。なので A 氏とそこにいた経営者とはスタンスが異なる。
だが一度でいいから言ってみたい。
「一生分のお金はもう稼ぎ終わりました」と。
こんな書き方をすると A 氏が不遜な男に思えてしまうが、そうではない。いたって真面目で誠実で勤勉なのだ。
個人資産がもたらす安定収入が莫大な額になり、働かなくてもよくなった A 氏。自分一人で、しかも、10年弱でそうした状態を作り上げた実力はすごいのひと言。
海外のリゾート都市でコンドミニアムを保有し、朝からプールや英会話・筋トレなどの個人レッスンを受け、午後は好きな本を読みまくり、夜は家族と外食に出かける。社交の必要もなく、時々、投資家グループの会合に顔をだす程度。基本的には全時間が自分のもの、つまり、ヒマなのである。
「最初は夢のライフスタイルが実現したと思いました。半年はそれを夢中になって続けたのですが、やがて、このままでは自分が腐ると思うようになりました」と A 氏は述懐する。
自分をもてあますようになったらしい。
あり余る体力と情熱をもちながら何もしないことはよくない、と感じるようになった A 氏。かといって、ビジネスをする必要はないので、ある競技の選手を目指して過酷なトレーニングを始めた。その合間には得意の文筆力を活かして本の執筆も始めた。
仕事大好きだった人が、本業といえる仕事をしなくて生きられるのか。私はこれからの A 氏の人生マネジメントに注目している。