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暗黙のムチ

スポーツジムに通いだして 2ヶ月になる。いままではストレッチと上半身の筋トレをした後、プール歩行をしていた。ヒザに負担をかけられない私のためにトレーナーが組んでくれた苦肉のメニューである。

ところが年末年始にかけて日に日に調子が上がり、痛みの大部分が消えてしまった。そこで気を良くした私は泳ぎにもチャレンジすることに決めた。さっそくトレーナーの M さんにお願いして「スイミング教室・初級コース」に入れてもらうことにしたのだ。

実は今年の目標のなかに「水泳で 500メートル泳げるようになる」というのがある。なるべく早くスタートしたほうが達成の可能性が高まる寸法だ。

毎週月曜日の夜に M さんの水泳教室があり、昨夜、そのメンバーに入れてもらった。美人の M さんは人気者のようで常連メンバーが 10人はいる。全員が男性だ。中には M さんの初級教室に 8年も通っている猛者もいれば、惚れ惚れするような美しいフォームで泳ぐ年配男性もいる。そんなグループに 25メートルしか泳げない新参者が加わるのは少々抵抗があった。だが、自分を克服するためにはそんな事は言っておられない。「初心者ですがよろしくお願いします」と M さんとメンバーに頭を下げて輪に加わった。

45分間の初級コースが始まった。最初は 25メートルの自由泳ぎを 2本続けてやる。そうして身体を温めるそうだ。だが私にとってはおぼれそうなぐらいハードなウォーミングアップになるので、「苦しくなったところから歩きながら引き返してください」と言われた。その後、ビート板を使って身体の浮かせ方やバタ足の練習をした。正しい浮き方や正しいバタ足を小中学校でも習った記憶がなく、新鮮な体験だった。水中で鼻から軽く息を吐くことの大切さも初めて知った。単に息を止めているよりも少しずつ吐いた方が気が楽になるのだ。

私が正しくやれたとき M さんは両手で大きな○を作ってくれる。「オーケーです、オーケー!」と大声で言ってくれているのが水中に顔をつけている私に聞こえる。どうやら褒め上手が M さんの人気の秘訣なのかもしれない。

次にクロールのときの腕の使い方にレッスンが進んだ。私だけ浅いところで歩きながら腕の使い方を反復練習した。クロールの両腕は直線に伸びているのが良いと思っていたが肘が曲がっているのが正しいことも初めて知った。だが、その練習がなかなかうまくいかない。何度やっても肘の伸ばし方や抜き方がぎこちない。そんなとき M さんは黙ってみている。○をくれないと言うことはどこかがおかしいということだ。慣れて○をもらえるまでくり返し練習する。

そんなことをするうちにあっという間にレッスンが終了した。私は居残り特訓をしながら M さんの指導法を思いかえしていた。「アメとムチ」の指導法が効果的といわれるが、M さんの場合は「アメとアメなし」の指導法である。○をくれないことが暗黙のムチなのだ。

「アメとアメなし」については岩崎一郎博士(脳科学・医学)が、おもしろいことを本に書いておられた。それを明日、ご紹介したいと思う。