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味処 叶にて

「武沢君、日本に戻ったからメシでも喰おう」と筒井修・和僑会ファウンダーから電話が入った。
約束の13時より10分早くホテルに着いたが、すでに本を読みながら待っておられた。
普段は香港を中心にアジア全域で活動されている筒井さんだが、年に4回ほど日本にもどると、ひと月近く名古屋と東京に滞在される。
日本に来ると無性に食べたくなるもののひとつに味噌カツがあるそうだ。

「あの店に行こう」と先に歩きだす筒井さん。74歳になられ多少歩くのがゆっくりになられたが相変わらずお元気だ。

行ってみると、10人ほどの行列ができていた。味噌文化の本場・名古屋で60年にわたって営業している元祖・味噌カツ丼の店「味処 叶」(あじどころ かのう)である。
三年前に先代が他界され、ご子息が店主として店を切り盛りしている。

★味処 叶
→ https://tabelog.com/aichi/A2301/A230103/23000292/

15分ほど待ってから店内に通された。カウンターに座って味噌カツ丼を注文し、そのあと中国人グループ8人組が注文したところで昼の営業は売切れご免となった。
のれんを下げても続々と入店するお客にその都度詫びを入れる店主

「景気がいい店ですね」と私。筒井さんはこう言った。

・・・日本も今、人手不足で景況感も良くなっているらしいが、それは一時的な現象だと俺はみている。長期的にみれば日本企業の経営環境に明るい兆しはみえない。内需だけで成長できる会社が少なくなっている。先日も「業界全体が不景気で先がみえない」とある業界の経営者が相談にこられたが、「景気が悪いんじゃない。お前の頭が悪いんだ」と言ってやった。(笑)
この店を見ろ、といいたいね。こんな小さな店だって景気に関係なく60年間も繁盛しているじゃないか。
・・・

「すばらしいですね」と私が店主に声をかける。すると店主は慌ただしい調理の合間をぬって、我々にこんな話を聞かせてくれた。基本的に話し好きの店主なのかもしれない。

・・・じつは、ずっと繁盛してきたわけじゃないのです。先代が身体をこわしたあとは、店主の体調の悪さがお客さんにも伝わったのでしょうか、だんだんお客の足が遠のいた時期がありました。ひどい時には昼の営業中、お客さんが一人というときもありました。あのときは店主が「お客にうまいものを喰わせる」という気持ちじゃなく、自分の都合だけで店を開けていたように思います。店主の姿勢がお客さんにこれだけ正直に伝わることにビックリしました。
・・・

我々の味噌カツ丼ができあがった。思わず写真に撮りたくなるボリューム感。それでいて脂っこくないのでペロッと一杯たいらげられる。
ひとりだけ大盛りにしているお客がいたが、よしたほうがいい。

「そういうことだよ、武沢君」と筒井さん。

・・・すべてのものにはワケがある。繁盛するのにもワケがあり、閑古鳥がなくのにもワケがある。ここに来るとき、近所の店を見ただろう。どこもヒマそうにしていたな。彼らは不景気のせいにしているのか立地の悪さのせいにしているのか分からないが、近くにこんな手本があるのだから、アイデアをパクればいいんだ。そうしたらこの店とともに繁栄できるじゃないか。それをせずにいる経営者は頭が悪いという以外の何ものでもないね。
・・・

店内は中国人観光客も目立った。お店は中国に対して営業していないそうだ。旅行者が口コミで「名古屋に来たらこれを喰え」と拡散してくれているそうだ。
今後、お客の外国人比率が高まると地元の常連が来づらくなる。そのあたりの調整をどのように計っていくのか、若い店主がやるべきことはまだまだ多そうだ。この店をときどきのぞいてみることにしよう。