宮本武蔵がまだ「たけぞう」と呼ばれていた10代後半、暴れん坊過ぎて和尚に捕まり、逆さづりされたあげく、姫路城内にある小さな部屋に閉じこめられてしまった。食事と本だけが支給されるほかは、何もない。
和尚が選んだ本を読むうちに「たけぞう」から脱皮し、徐々に「むさし」に成長していった。ついに3年後、許されて姫路城から出てきた「むさし」は立派な剣の修行者になっていた。
このエピソードは『宮本武蔵』(吉川英治)のオープニングである。
京都・三十三間堂での吉岡一門との決闘や、巌流島での佐々木小次郎との決闘などとともに、すべて吉川の創作話なのだが、武蔵神話をつくりあげる上で最高のスパイスになっている。
「たけぞう」が姫路城での読書で「むさし」になったように、私も20代のある時期、初めて人事を任されたときは机にへばりついて本ばかり読んでいた。
もちろん社長の許可を得ていたのだが、毎日数時間は人事教育関係の書籍を読んではレポートを書いていた。やがて忙しくなってきてやれなくなったが、3か月ほどは続いたはずだ。「人事マン」としての基本がそこで出来たように思う。
本を読めと社員に推奨するだけでなく、本代を補助している会社はかなりある。京都の U社(デザイン事務所)や名古屋の Y 社(建設業)もそうだ。
U 社の場合は月間1万円を上限にデザイン関係の本であれば何でも実費が支給される。ただし、事前申請することと、購入した本は会社所有となるので、読み終わったら会社の本棚に戻すことになっている。
名古屋の Y 社は本の内容は問わない。雑誌でも OK。 書店の領収書を経理に出せばその場で費用が精算される。以前はマンガは NG だったが、最近は事前の許可があればマンガも補助の対象になる。読み終わった本も会社にもどす必要はない。
実際に利用状況を聞いてみると、U 社の場合は3分の1の社員(数人)が積極的に利用し、ほぼ上限を使い切っているが、残りの社員はほとんど利用しないという。Y 社はさらに利用率が低く、「遺憾ながらほとんど利用されない」と社長は困り顔をする。
あまりに利用が少ない場合は、利用額(利用率)を高めるための施策があらたに必要になってくるだろう。
東京の T 社は飲食店。お客に対するおもてなしを重視しているが、現場で働く社員の多くは若く、大学生アルバイトも多い。そんな社員たちにおもてなしを教えるためには実体験に勝るものはないと、社長は「おもてなし補助金」を支給している。
「おもてなし補助金」とは、社員やアルバイトが一人月間1万円を上限に他店で飲食する費用を補助するもの。一回の食事代が1万円ということはかなり上等な食事体験ができるはず。ただし、決まりがある。
1.社員二人以上で行くこと
2.写真を撮ってくること(料理、室内、トイレの画像は必須)
3.三日以内にレポートを提出すること
(社員全員がそれを読めるよう、社内共有フォルダーにアップ)
鍋料理を専門にする T 社だが、社員には鍋以外の店を推奨している。
人気のお店には人気になる理由が必ずある。人気が離散する店にも同じように理由がある。それをお客の視点でみつけてくるように指導しているそうだ。お客目線が養われ、それが自社の業務にフィードバックされれば、これほど理にかなった投資はないかもしれない。
冬場のピーク時には利用率は落ちるが、それ以外の時期ではかなり利用が多く、社長もこの制度を誇りにしているという。
昨日号は「祝儀袋」と「大入り袋」の話題をとりあげたが、今日は社員に対する補助金制度をご紹介した。お金を上手に使うことで周囲に幸せや喜びをふりまき、成長を促進させることが可能になる。
あなたの会社ではどのような個性あるお金の使い途があるだろうか?