今日は運転免許証の更新で、名古屋西警察に行ってきた。
連休明けの朝だし、おまけに外は冷たい雨。更新に来ている人は少ないはず、という私の目論見は見事に外れ、受付開始直後の午前9時すぎには既に10人ほどの先客がいた。
手際よく事務処理がすすみ、更新費用(3,000円)を支払い、新免許証用の写真撮影が済んだ。その流れで別室に移動すると講習会が始まった。きっかり30分で講習は終わり、合計50分で警察署をあとにした。実に合理的だ。
私は運転しないペーパードライバー。ハンドルすら触らないようになって20年になる。次の更新は5年後だが、今回の更新が最後になるかもしれない。次回は自主返納するつもり。
ちなみに、警察署では自主返納者に対して「運転経歴証明書」を発行してくれる。これも身分証替わりになるし、更新も要らない。
おまけにデザインも運転免許証とほとんど同じ。ハンドルを握らない、と決めたペーパードライバーは今後、積極的にこちらにすべきだろう。
安全運転講習でつかわれる動画の内容は、ここ半世紀は変わっていないのではないか。一瞬の不注意(今回は「スマホ運転」になっていたが)で通学途中の小学生の命を奪ってしまった男性が紹介されていた。以前はビデオだったのが、最近 DVD に変わり、今回はパソコン動画に切りかわっただけで内容はあまり変わっていない。変えようがないのかもしれない。
「またお決まりのパターンだな」と思いながら動画を見ていたら、気になる川柳が表示された。
『だれしもが おこす事故まで 無事故・無違反』
たしかに無事故無違反がずっと続くと、自分は運転がうまい。自分が事故を起こすはずがないという根拠のない自信が生まれる。ましてやゴールド免許などもらおうものなら警察お墨付きの安全神話ができあがる。そんな過信に陥った人が人身事故を起こしたとき、「まさか」となる。一瞬にして本人と家族の人生が変わってしまうのだ。
『だれしもが おこす事故まで 無事故・無違反』
誰しもが死ぬまでは一度も死んだことがないのと一緒で、過去の無事故無違反の記録など、将来の前では何の効力もない。
「あらゆる占いで僕は100歳まで生きると言われる」と長寿自慢していた人が、まだ50代になったばかりだというのにポッキリ亡くなるようなものだ。実際にそういう従兄弟がいて、私は彼に影響を受けていたのでひどくショックだったことを思い出す。
いつも免許の更新にくるたびに思う。
「もう怖くて運転なんかしておられない」と。ましてや最近は自動運転の時代が始まっているので、なおさら自分で運転する怖さを思った。
とにもかくにも、免許証の更新は今日が最後になりそうだ。