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続・経営理念が浸透しないとき




昨日のつづき。

米国女子サッカーの名コーチが編みだしたコアバリュー浸透策は意外な方法であり、同時に、理にかなった方法でもある。このやり方は、スポーツの指導者のみならず、教育現場や企業経営、そのほか、ありとあらゆる組織で効果的であると信じている。

以下、ふたたび『GRIT やり抜く力』(アンジェラ・ダックワース著、ダイヤモンド社)の要約。

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ドーランス(米国女子サッカーコーチ)がひらめいたのは、ロシアの詩人、ヨシフ・ブロツキーに関する記事を読んでいたときだった。
ブロツキーはソビエトから追放されアメリカで市民権を得て、1987年にはノーベル文学賞を受賞した。コロンビア大学で客員教授を務めていたブロツキーは、毎学期、大学院の学生たちにロシアの詩をいくつも暗唱させた。ほとんどの学生はこの要求を理不尽で時代遅れだと感じ、ブロツキーの研究室に乗り込んで行って抗議した。
それに対し、ブロツキーは「好きにすればいいでしょう。しかし課題の詩を全て暗唱しない限り、博士号は取得できないと思いなさい」
とつっぱねた。学生たちはすごすごと引きさがり、詩を暗唱するしかなかった。だがそれによって、大きな変化が起こった。学生たちは努力して一篇の詩を暗唱できるようになったとたん、「ロシアの息吹を、魂を、心と体で感じた」。紙の頁に横たわる屍に、命が吹き込まれたのだ。
ドーランスはこのエピソードを読み流したりはしなかった。自分のもっとも重要な目標との関連性を、たちどころに理解したからだ。
彼はなにを読んでも、なにを見ても、なにをするときも、つねに自分に問いかけていた -私が望む文化の醸成に、これを役立てることはできないだろうか?- と。
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学生時代に鍛えられた暗記する力。いったいいつ頃から暗記する力を使わなくなっただろうか。いつでも簡単に録音録画できるし、メモもとれる。だから私たちの脳は、暗記するよりも考えることだけに頭を使えるようになったわけだから本来、歓迎すべきことである。
だが、共有したい思想や哲学、ビジョンがある場合、暗記しない(できない)ことが大きな支障になっている可能性もある。
それが、言霊(言葉がもつ霊的な力)の不思議な力なのかもしれない。

米国女子サッカーのアンソン・ドーランス監督はそこで、どうしたのかみてみよう。再び『グリット』の要約。

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ドーランスのもとでサッカーをする選手は、毎年、3つの文学作品からの引用文を暗唱しなければならない。いずれも各コアバリューの意味を深く理解させるために、監督が選んだものだ。選手たちにはつぎのメッセージが通知される。
「シーズン前に、チーム全員のまえで課題を暗唱してもらう。さらに、選手ミーティングでも毎回、暗唱してもらう。ただ丸暗記するだけでなく、意味も理解するように。内容をじっくりと考えてほしい」
したがって、選手たちは4年生になると、12のコアバリューをすべて暗唱できるようになる。第一のコアバリューは「我々は弱音を吐かないこと」であり、それに対応してアイルランドの劇作家、ジョージ・バーナード・ショーの文章が引用されている。
「人生の真の喜びは、自分自身の行動によって幸せをもたらすことである。つねに病気や不満の種に怒ってばかりいる、身勝手な愚か者に成り下がり、世の中は自分を幸せにしてくれない、などと嘆くことではない」
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大切なところなので整理してみよう。
まず、コアバリューを決める。トーランスは12個選んだ。
次に、個々のバリューの大切さを語る上でもっともふさわしい文学作品を選ぶ。トーランスは3つの作品を選んだ。
その文学作品から12個のコアバリューをもっとも効果的に語っている箇所を選び、それを選手たちに暗記させた。チーム全員の前でそれをすべて暗唱してもらう。ミーティングのたびにそれを全員で復唱する。
さらには、その意味を自分の言葉で語ってもらう機会もつくった。

そうすることによって、リーダー(社長)が作った文章を暗記させられるよりは暗記のためのストレスが減る。なにしろ文学作品なのだから、リーダーの文章より言葉に力があるはずだ。
しかも丸暗記させるだけでなく、そのメッセージがもつ意味を自分の言葉で語ることによって、メッセージが完全に自分のものになる。

トーランスはロシアの詩人、ヨシフ・ブロツキーからこの方法を学んだわけだが、私たちはトーランスからこの方法を学ぶことができる。

・コアメッセージづくり
・文学作品選び
・暗記箇所の選定

あなたもやってみませんか?