紙(paper)の語源としても知られる水草のパピルスは、紙が発明される以前のBC3000年代からAD1000年まで古代エジプトにおいて使用されていた。また、小アジア(現トルコ)からヨーロッパに至る地域では、紀元前2世紀頃に発明された羊皮紙(パーチメント)が使われた。
これは羊、山羊、子牛などの皮を紙のかわりに用いていたといわれている。
紙の発明は紀元前150年頃の中国のようだ。中国の歴史書「後漢書」に、当時の皇帝に紙を献上したと記されている。それがシルクロードを通してヨーロッパに伝わったのだろう。
ブッダの教えもキリストのメッセージも、パピルスや羊皮紙、紙がなければ記録も保存も伝承もできない。そういう点で紙の発明は、人類文化の発展に偉大な貢献をしたといえそうだ。
だが、古代インドでは「尊い教えは声に出すのが良い」とされており、内容はあえて書きとめられず、教えはすべて口伝えされた。
それ故にブッダなきあと、教えが失われることを恐れた弟子たちは、定期的に集まって、自分が受けた教えを発表しあい、互いに暗唱し、集団で記憶したという。
この当時はおそろしく記憶力に長けた人がいて、ブッダのメッセージを一言一句間違わずに口伝できる人がいたそうだが、そういう存在は万人に一人の天才。普通の人は互いに助けあって記憶した。
経営理念が浸透しない、社長の思いが社員に伝わらない、となげく経営者は多い。「ちょっとそれを見せてください」と私がお願いすると、「書いたものなどない」と胸を張る経営者がいる。書いたものがないのに伝わる可能性は極めて低い。論理的に考えて、あり得ないと言ってもよい。
『GRIT やり抜く力』の中に【暗唱で「言葉の力」を自分のものにする】というメッセージがある。少し長いが大切なところなので、今日と明日の二日にわけてご紹介したい。
以下、本の要約。
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「やり抜く力」の文化を築くために、ドーランス(米国女子サッカーの最多勝コーチ)が心がけているのは、綿密なコミュニケーションを図ることだ。大学で哲学と英語を専攻した者として、ドーランスは言葉の力を重視している。
ドーランスは何年もかけて12のコアバリューの標語を練り上げた。
ただのサッカー選手ではない、名門ノースカロライナ大学の選手としての心がまえを説いたものだ。
「偉大な文化を築きたいと思ったら、全員が遵守すべきコアバリューを持つことが不可欠です」
チームのコアバリューのうち半分は、チームワークに関するもの。
あとの半分は「やり抜く力」に関するものだ。コアバリュー全体で、「切磋琢磨」という文化を定義している。
「しかし多くの企業がコアバリューを掲げていますが、有名無実の場合が多いですね」と私が指摘すると、ドーランスは言った。
「まあ、わが社の一員として刻苦精励すべし、なんて言っても、みんなやる気は出ませんよ。あまりにも陳腐ですからね」
コアバリューを陳腐なものにしないためのドーランスが見出した解決策は、ある意味ではとても意外だが、彼が文系出身であることを考えれば、納得がいくかもしれない。
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今日はここまでにする。
「コアバリュー」という言葉を「経営理念」と置きかえても意味は変わらない。
米国女子サッカー最多勝コーチが編みだしたコアバリュー浸透策は意外な方法であり、同時に、理にかなった方法でもある。
<続きは明日>