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歌島社長と STEM(ステム)教育

俺は IT は嫌いだ、という歌島社長(仮名、66)は今年、ガラケーからスマホに切り替えて周囲をおどろかせたが一週間後に元にもどした。「やっぱり俺には不要だ」という。
ただ、iPad で会議のホワイトボード画像を記録したり、大切な資料を画像保存することは気に入ったらしく、そのためだけに iPad Proを持ち歩いている。

部下が大切な報告を歌島社長にメールしても読まない。
部下が「メールしましたけど」と言い訳しても「バカモン、大切な報告は口頭でしろって言ってるだろう!」と声を荒げる。

かつては「うちの業界(自転車販売/修理)に IT なんか要らないんだよ」と言っていたが、息子に任せていたホームページからの注文が大きくなるにつれて IT 不要論は言わなくなっただけでもまだましだ。

そんな歌島社長の様子をだまって見守ってきた私だが、IT 投資にお金をかけることをあまりに嫌うので、STEM 教育のお話しをした。

STEM教育(ステムきょういく)とは国際的に用いられている教育用語で、「Science, Technology, Engineering, Mathematics」の頭文字である。すなわち科学・技術・工学・数学の教育に力を入れようという教育テーマである。
したがって「俺は文化系だから」「俺はアナログ人間なので」といった言い方で変化の受け入れを拒否する世の中ではなくなったということでもある。

「ふ~ん、そんなものですかね。良い自転車を安く仕入れてたくさん売る、そのことに STEM なんて要りますかね?」
と皮肉っぽい言い方をする歌島社長の顔に正対するように向き合い、私は「はい、大いに要ります!」と申しあげた。

経営は昔にくらべて高度化している。STEM の四つの単語「科学」「技術」「工学」「数学」の前に「経営」という単語を入れてもごく自然に成立する。過去はそんなものが必要とされなかった業界もあるだろうが、間違いなく現在はそれが必要だし、今後はますます必要になる。

自分にとって都合の悪い話を聞くときはいつもぶ然とした表情になる歌島社長。かつてないほど不機嫌そうな顔だ。

「で、武沢先生、私になにをしろとおっしゃる?」
「三つのことをやっていただきたい。一つ、IT 推進リーダーを決める。息子さんが適任だと思う。二つ、IT 化予算をまず年間200万円、今までとは別科目で計上していただきたい。三つ、IT 推進リーダーの活動を全面支援していただきたい。以上です」
「なるほど、俺はなにもしなくていいのか?」
「三つのことをやっていただければメールさえ見なくて構わない。ただ、IT やデジタルの悪口だけは慎まれたほうが良い」
「別に俺は IT やデジタルの悪口を言いたいのではない。仕事もできんやつが IT ができることをいいことに偉そうにするのが気に入らんだけだ。仕事ができて IT ができる奴だけを信用する」
「そのことはこれからも大いに吹聴していただいて結構だと思う。強いて言うなら『本職の追及+STEM』が大切だと社内発信していただきたい」
「わかった。それならやれそうかな」、ようやく歌島社長の眉間のシワが緩んだようにみえた。