上木一雄社長(仮名、29歳)は去年まで左官職人をしていた。子分格の職人5人をひきいて昨年末に会社をつくったのだが、経営とは何かよく分からないまま社長になった。とにもかくにも子分たちに仕事を与え、生活をさせているので上木君の日々はそれなりに充実していた。
今年の春、フィアンセにプロポーズした上木君。つき合って5年になるので、即答で OK がもらえると思っていた。だが意外な返事をもらってしまった。
「もうすこしちゃんとして欲しい」、態度を保留されてしまった。
「どうして?」
「だって不安だもの。あなただって今のままじゃ不安なんじゃない」
「うん、まあね」
そのあと、フィアンセは上木君にこう言ったそうだ。
「まずは『がんばれ!社長』のメルマガぐらい読んだらどう」その日、上木君はメルマガ登録した。
2016春の東京セミナーに参加した上木君は着慣れないスーツに身を包み緊張の面持ちだった。
「トップ本来の仕事は〇〇に由来する〇〇の危機を解決することではなく、〇〇とは違う〇〇をつくることである」
〇〇に当てはまる漢字二文字を答えなさい、と講師の武沢が言う。
さっぱり検討がつかず首をかしげていたら、講師と目があってしまった。だが不運にも「あなたどう答える?」と当てられた。
舞い上がった上木君は、「失敗に由来する金銭の危機」「失敗とは違う成功をつくること」と答えてしまい、講師に苦笑された。全身から汗が出そうだった。
その日のセミナーでは、経営理念のつくり方を学んだ。我社は何をめざす会社かを簡潔に文字表現せよという。マンダラをつかったシートで会社の経営理念を成文化した。それはこんな理念だった。
「目ざせ!一流左官」
翌日、
「なんだかピンと来ない。私だったらそんな理念の会社で働きたいと思わない。今しか見てないんじゃないの、その理念」
フィアンセの率直な感想だった。
「だめか~?」
「ううん、ダメとはいわない。ダメな男がいないようにダメな理念もないと思うの。ただ、私はそんな理念の会社を絶対選ばない、というだけ」
「それがダメってことなんだよ」
経営理念にもとづく中長期の経営計画を作ろうと、冬に開催される経営計画合宿に申し込んだ上木君。合宿はもうすぐだ。
最近、「がんばってね」とフィアンセからLINE メッセージをもらい、決意をもって参加する上木君。プロポーズの成功がかかっているだけに命がけだ。
ここで外したら次はないかもしれない。