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ビスマルク風ってなんだ?

品川でセミナーを終え、外へ出た。9月ももう下旬、しかも18時をまわっているというのに蒸し暑い。行き交う人の大半がまだ半袖である。受講者の一人 V社長(約45才)が話しかけてきた。

「今年はいつまで暑いのでしょうかね。ほんと、イヤになりますよ」
小太りの V 氏は、きつくクーラーが効いた部屋から出てきたばかりなのに、早くも汗が噴き出ている。内ポケットから扇子を取りだし、あおぎ始めた。

「ところで武沢先生、少しだけお時間をいただけませんか。ピザとビールがうまい店がこの近くにあるのですが…」と言う。
「え、ピザとビール?」

4時間の講義を終えた私にとって最高の組合せではないか。しかも言外に「ごちそうしたい」というニュアンスがある。拒む理由はない。
実はその日のうちに読み終えるべき本が100ページほど残ってはいるが、ホテルにもどって就寝前の30分で充分読めるだろうと判断した。

講座資料を入れる大きなカバンをもっていた私のためにタクシーを拾ってくれた。だが、運転手が気の毒になるほど近くに店があった。
そこは世界のビールが飲める本格ビアレストランだった。

「へえ、ここにピザがあるの?」と私。
「ピザの種類は30種類あります。ビールにいたっては50種類は下らない。私のパワースポットといえばまっさきにここをあげます」
「ここがパワースポット。で、何を頼もうか?」
「お任せいただいてよろしいですか」
「任せるよ」

数分後、若い女性スタッフが運んできたのはビスマルク風ピザとフライドポテト、それにチェコビールだった。

「このビア、ビターなホップがよく効いてるでしょ。先生、もう一枚別のピザが来ますが、まずはビスマルクピザで乾杯しましょう」と V氏。

その日、「ビスマルク風ピザ」というものを初めて知った。

「V さん、どうしてこれをビスマルク風というの?」と尋ねた。スマホをみれば一発でわかることだが、ピザで手がベタベタだった。

「さあ、ドイツのビスマルクさんが好きだったんじゃないですかねえ」
と素っ気ない。
「おおむねそういうところだろうね。イタリア人が発明したピザをドイツ人が好んで食べて、それを日本人がネーミングするなんて乙だね。かつての三国同盟みたい」と私。
「たしかに」と 笑う V 氏。

その日、2時間以上かけて浴びるほど飲んで喰った。
ホテルにもどって本を読む気力は残っていなかったが、バスタブに湯を張る時間にパソコンで「ビスマルク風」の由来を調べてみた。たまにはバスジェルをほうり込んで泡風呂にしてみよう。

ビスマルク。
「鉄血総裁」といわれたドイツの政治家であり、貴族でもあった。見るからにして強面の風貌で、謹厳実直なドイツ人というイメージだ。
だが、ウィキペディアの記事には意外なビスマルク像もあった。
(以下、ウィキペディア抜粋)

・・・身長は約190cm、体重は約123キロ。食べ物を手当たり次第に口に詰め込んで酒で流し込むという暴飲暴食の癖があり、首相官邸を訪れた人々を驚かせたという。イギリス首相ベンジャミン・ディズレーリの前でもそれを行い、彼を仰天させたという。そのためどんどん太っていったが、1880年代になると医者から食事療法を言い渡されて控えるようになったという。
・・・

あれ、まったく意外な一面を知ってすこし微笑ましい気分になった。
記事はまだ続く。

・・・「顔面神経痛」と称していたが、実際には虫歯だった。歯医者へ行くのを怖がり、治療ができなかったという。「歯医者はみな卑怯者で、患者をいじめるのだ。」と述べていた。
寝床に入ると不愉快なことを次々と思いだしてしまい眠れなくなる不眠症であったという。不健康な生活のためか、病気がちであった。
しかし83歳まで生きており当時としては天寿を全うしたといえる
それを理由にしてたびたびベルリンを離れて領地に帰り、また帝国議会でも「立っているのが辛い」と言って座って演説することがしばしばあった。

このあたりまでくると、いったいどこが「鉄血総裁」なのか不思議に思えるほどダメ親父ぶりが目立ってくる。
そして記事はいよいよ、ビスマルク風ピザの語源にたどりつく。

・・・食べ物では卵が好きで一度の食事で15個食べることもあったという。ステーキに半熟の目玉焼きを乗せて食べる事を好んだ為、茹でアスパラガスやピザなどに目玉焼きを乗せたものを今日では「ビスマルク風」と呼ぶようになった。魚介類ではコイ、サケ、マス、キャビア、牡蠣を好んで食した。牡蠣を175個食ったことがあるというのがビスマルクの自慢話の一つだった。ビスマルクは酒豪であり、ビールでもワインでもシャンパンでも水のごとく飲んだ。
(まだあるが、以下割愛)
・・・

いまどき自己管理ができないリーダーは流行らないが、個人的には妙にシンパシーを感じた。

あ、いけない!と思って浴室に駆け込む。すでにお湯がこぼれていた。
バスジェルの泡が膨らんでビールみたいになっていた。