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また進化された N 社長

毎年7月の第一土曜日は山形県鶴岡市の N 社で「経営計画発表会」が行われる。昨年につづいて今年もお招きいただき、激励講演の大役を仰せつかった。

N 社の主力顧客は精密機器大手の NK 社。同業他社と同じ土俵で仕事をしていたら見積もり競争になる。いつまでもそういうところで勝負をしていては明るい未来が描けない。
N 社長は、無競争分野への進出を計った。無競争、「言うは易く行うは難し」だが、N 社はそれを行ってきた。世界市場で戦う NK 社をあとおしできるのは自分たちの技術であるという誇りと研鑽が N 社を一流の企業に押し上げてきたといえる。

業績や財務の数字は公開できないのが残念だが、高いレベルで増収増益を実現した。最高決算を更新中であり、財務内容もバツグンだ
数字につよい N 社長の面目躍如である。

懇親会で N 社長に「胸を張れる会社になりましたね」と水を向けるとその場で否定されてしまった。財務的に誇れる状況になったとはいえ、会社と社員の成長スピードに不満をおもちのようだ。

「レベルアップしなきゃならないのに、全然出来ていないことや、教育が行きとどいていないことが目立つようになってきた」と N社長。
「過去はそのやり方で良かった。だけど今はそれでは通用しないし、今後はまるでダメ。そういうことです」

N 社長の、経営者としてのステージが上がられた。

具体的にはこんな話をされた。

N 社で作っている半導体部品は精度がきわめてたかい。今までは25度プラスマイナス2度の室内温度で良かったものが、いまでは誤差1度におさめないと品質が保証できない。今後つくるものは0.5度の誤差しか許されない。

高精度部品に進出すると、ノギスの誤差確認が必要になるし、ノギスそのものも精密部品と同じように扱わないといけない。ところが長年の習慣で、ノギスをそのへんに放置したり重ねて置いたりする。
どうして宝石のようにノギスを扱えないかのかと社長は思う。些細なことではあるが、社員のそうした意識が万事である。

社長の意識は一瞬で変われても、現場の意識はその何十倍も何百倍もかかることがある。
生産性を高めるためには、機械の稼働率を高めようとなった。稼働率とはなにかが分かっていないと、とにかく機械が動いていたら稼働しているものだと現場は考える。だが本当の稼働とは、スピンドルが切り子を出している時間をいう。いかに機械を止めないか、いかに機械に仕事をさせるかというプロの職人根性がまだ足りないと N 社長。

10年近いおつき合いになる。
年齢は私より二つ先輩だが、N 社長はとにかく勉強熱心だ。唯一の娯楽が乗馬だそうで、あとは、寝ても醒めても経営の勉強と実践をしておられる。まるで経営者になるために運命づけられたかのようだが、ご本人いわく、そうでもない。

「僕は次男坊だし、親父が急逝するまではサラリーマンとして全うするつもりで生きてきた。だから、自分が経営者になることなんて30歳ぐらいまでは思ってもみなかった」

N 社の「経営計画書」は54ページあるが、そのうち CSR(Corpo-rate Social Responsibility)に関する方針に12ページも割かれている。
企業の社会的責任を強く自覚しておられるわけだ。それは同社の「経営理念」「三つの誓い」にも色濃くあらわれている。

・ N 社「経営理念」
私たち N は、独自の技術力に裏づけされた確かさと実行力とにより、信頼される企業であり続けると共に、お客様に感動を提供します。

・ N 社「三つの誓い」
一.お客様にご満足頂くために、常に創造力と向上心を持つ一流の技術集団を目指します。
一.法令を遵守し、環境維持に努め、社会に貢献する会社をつくります。
一.常に感謝の気持ちを持ち、お互いに尊敬し合える明るい会社をつくります。

経営計画発表会が終わると社長以外の全員が懇親会場に向かった
社長は我々来賓をひきつれておもてなししてくださる。温泉旅館で夕食会と交流会を設営されるのだが、N 社長は 宴会場でいつも末席に座られる。しかも10名の来賓ひとりひとりを N 社長が時間をかけてご紹介くださる。そうした真摯な姿に頭がさがる。

「応援させてもらいたい」

周囲が自然にそう思える力がある経営者だ。