戦火をくぐり抜けてきた父母が語る“戦争反対”には迫力がある。その一方で、戦争の何たるかを知らないはずの学生が熱く唱える“平和主義”には、違和感を覚えるときがある。
それは、発言者が実体験をもっているかどうかの違いにもよるが、そればかりではない。同じ実体験をもたない“平和主義”の学生どうしであっても、言葉に迫力がある子とそうでない子がある。それは何なのか、というのが今日の「がんばれ社長!」の主題だ。
同世代、同業種、同規模であるにもかかわらず、A社長が語るビジョンは、ビンビンと聞き手の腹(はら)に届く。ところが、B社長から発せられる声は虚空にむなしく消え去るばかりで、聞き手の心には何も響いてこない。この両者の違いこそ、田坂広志氏の好著『経営者が語る言霊とは何か』(東洋経済)において解明されており、一読をおすすめしたいものだ。
●同書では、言葉に『言霊(ことだま)』が宿っているか否かの問題だとし、とりわけ経営者に言霊が要求されるのは次のものだと氏は指摘している。
・言葉
・ビジョン
・戦略
・理念
・予測
・計画
・意思決定
・志
上記それぞれについて言霊を失ったのはなぜか、どうすれば真の言霊を取り戻し、それを語ることができるのかが同著のテーマである。
とりわけ私が印象に強く残った箇所は、二つある。その一つが、経営理念の箇所だ。一部引用してみたい。
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では、問題は、どこにあるか。
抽象的な「理念」を、抽象的な「理念」のまま語っているからです。
そして、「理念」を「理念」のまま語ると、企業はおかしくなります。
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とし、「抽象的な理念」ではなく「具体的な物語」が求められると説く。理念に個性を持たせる必要があるのだ。
過日の会食にて。
偶然にも田坂氏の理念の話とまったく同じ事を『社会人として大切なことはみんなディズニーランドで教わった』の著者:香取さんから聞いたばかりなのだ。
ディズニーほど「顧客満足(CS)」の代表ともいえる会社はないように思えるが、現場のスタッフ間では、“顧客満足”や“CS”という単語は、ほとんど使われることがないという。
「えっ?それマジ。じゃ、どんな会話してるの?」と尋ねてみた。
理念が抽象的ではなく、具体的な物語として語られるようだ。
例えば、
「どうしたらお客さんにもっとワクワクしてもらえるだろうか。」
「どうしたら今度はもっとニコニコと笑って帰っていただけるだろうか。」
というような問いかけを互いにするという。
具体的な人間物語となってこそ、理念が活きる。理念を観念論のまま論じていてはいけないのだ。
『経営者が語る言霊とは何か』(東洋経済)において、あと一箇所思わず膝を打ったところがある。それは第八話の「意思決定」だ。
なぜ経営者の意思決定が幹部や部下に伝わらないか。まずは引用から。
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単に「意思」を「決定」しているからだけです。
経営における幾つかの選択肢が、ある。これらの中から、いずれを選ぶか。そういう意味での、「意思決定」をしているだけだからです。
しかし、単に、複数の選択肢から最も合理的と思える選択肢を決めるだけなら、経営者でなくとも、できるでしょう。
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その後、意思決定には三つの要素があると氏は述べる。一つは「決める」こと。次に「説得する」こと。最後が、「責任を取る」こと。
決めるとは、決断することである。決断するとは「断つ」べきものを決めることである。断つべきものとは、「迷い」と「退路」だという。そうした背景を背負った上での「決める」ということが経営者の意思決定の要素の一つなのだ。
私が熱くなって本の内容を述べすぎてはいけないのでこれにて筆を置くが、読みやすい好著ゆえあなたにおすすめしたい。
「経営者が語るべき『言霊』とは何か」田坂 広志 (著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4492554718/will43-22/
蛇足かもしれぬが、田坂氏の著作は啓示的なものが多い。行間を読みながら自ら考えるための本でもある。すぐに役立つ実践的な手引書を望む方にとっては、何だか物足りなく感じる時があるようで、アマゾンでのカスタマーレビュー(書評)でも、そうした評価の差が如実にあらわれ、面白い。ちなみに、私はこの本に限らず氏の著作はいずれも好きだ。