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感謝知らずの女を唄う社長

同世代の A 社長とカラオケに行くと、すぐにこんな曲を唄われた。

・・・
僕はあなたの為に
すべて忘れて働いた
絹のドレスも帽子も
みんなあなたに買ってあげた
だけどあなたは
感謝知らず 感謝知らずの女

(中略)

ありがとうと一言
なぜいえないのかなぁ

感謝知らずの女 感謝知らずの女
感謝知らずの女 uh・・・
・・・

そう、井上陽水の『感謝知らずの女』(1972年)だ。

歌い終わるや否や A 社長は、「僕は感謝知らずの女が大嫌いなんですよ。腹が立つことがあると、いつもこの歌で気分を紛らわすんです。妙にスッキリするんですよ」と言う。
「ということは今日も何かあったのですか?」と私。
「聞いてくださいよ」とこんな話をされた。

ゆうべ一人の新入女子社員の歓迎会があり、スタッフ10名を引き連れて焼肉屋に行った。今朝、その女子社員が私や周囲の先輩に御礼のひとつも言わないので注意したら、「はあ?」とキレそうな表情をされてしまった。その上、お礼を拒否しただけでなく「私からお願いしたわけではありません。手当も付かない夕食会は今後ご遠慮したい」とまで言われたらしい。

A 社長も黙っておれなくなったようだ。
「あなたみたいな女性を『感謝知らずの女』と言うんだ、と言ってやったが、キョトンとしてました」と自嘲気味に語るA 社長。

A 社長とその女性のベクトルが相当ずれているのは間違いなさそうだ

「武沢さんはどう思います?」と聞かれた。せっかくカラオケに来たのに。今夜はあまり歌えそうにもない。

やっかいな質問には、質問で返すことにしている。

「A 社長にはお子さんがおみえでしたよね?」
「ええ、もうみんな社会人です。結婚もしてます」

「お子さんたちが朝起きてきたとき、ゆうべはご馳走さまでしたって言わないと注意しましたか?」
「そんな馬鹿な。三度の飯ぐらい親の責任だし」
「じゃあ社員にはどうしてお礼を言えというのでしょう?」
「・・・・・」

何らかの義務感や使命感で行っていることに対しては見返りを求めたくなる。少なくともお礼の言葉ぐらいは欲しいと思う。それがないと腹が立つか、失望する。

もしその行為が義務感や使命感によるものでなく、愛で行っているとするならば、一緒にすごす時間そのものが見返りだ。これっぽっちもそれ以上の見返りを求めていない。逆に御礼などを言われると当惑してしまうだろう。

「ということは、私も陽水も未熟だったってことですかな?」と A社長。
「さあ」と言いながら、私も選曲に入ることにした。