過日、ある社長との会話。
武:「今、社長の頭にある重要案件は何ですか?複数あっても構いませんので、思いつくままおっしゃって下さい。」
社:「いろいろありますが、すぐに思いつくのは妻との関係です。」
武:「えっ?」
社:「問題だらけの妻に愛想をつかしたというべきでしょうか。」
武:「・・・」
まずい!
コンサルタントとして、夫婦の関係だけは話題として避けたいところだ。いかなるアドバイスも効かない可能性がある。時間のムダになるかもしれないのだ。だが、まてよ。
質問者としてコーチに徹すればどうなるのだろう? やってみた。
社長の話を要約するとこうだ。
社長(41才)は、奥さん(36才)と二人で今の会社を興した。誠実なお二人の努力が実り、社業は発展拡大し、今では従業員30名を数えるまでになった。奥さんは最近まで専務として社内の経理部門を担当していたが、あまりに二人が社内で衝突することが多く、解雇したというのだ。解雇して会社と家庭を切り離して接すれば二人の仲が改善されるはずと思ったのだ。あにはからんや、二人の仲は冷える一方だという。
社:「最初は自分の甘えもあったのでしょう。妻には社内でも叱られ役として期待していた面もあって、厳しくしていましたか らね。私の叱責にもよく耐えてくれました。ところが、年令を重ねるに従って、叱られるときの態度がだんだんと悪くなっ てきたのです。」
武:「叱られる態度?」
社:「はい、叱られる時の態度というのは言葉以上に意味があります。本当に申し訳ないと反省しているのか、叱られたから仕方 なく詫びているのか私にはわかるのです。」
武:「何となくわかりますよ。私も経験ありますし。」
社:「最初は叱るつもりで話しをしたのではなく、単にお願いするつもりで発言しただけなのに、言い訳や不満そうな態度がひど いので、ついつい叱責に発展し、やがては激怒になっている。」
武:「それはお互いにつらいですねぇ。」
社:「そう、相手も大変だろうが、こっちも大変なんだ。朝っぱらから気分悪くって一日が台無しだよ!」
武:「おっと、私に怒らないで下さいよ。」
一度できてしまった激怒叱責というパターンは、専務業から解放されたとはいえ、自宅で続いているようなのだ。そこで私は、ホワイトボードに次のように書き出してみた。
1.今、何が問題か
2.それはなぜ問題なのか
3.その問題はなぜおきたのか
4.その問題をどのように解決したいのか
5.これからどのような行動をとるか
話し合いの結果、つぎのように整理された。
1.今、何が問題か
夫婦の仲が悪い。それは、私(社長)が妻への愛情を失いかけているからで、きっと妻もそうした私への愛を失いかけている と思われる。
2.それはなぜ問題なのか
放置して自然に良くなることもあり得るが、どちらかと言えば、近い将来、二人はますます不仲になり、子供達にも良くない 影響が出そうだ。トラブルさえなければ、私は妻を愛している。こんな関係でいること自体がとても残念だ。
3.その問題はなぜおきたのか
そもそも冷静なときの会話が少なく、問題があったときだけ感情的になった状態で会話するので、本当の会話になっていな い。妻の態度に辟易としていたが、そういえば、自分も最近怒りっぽくなっている。それも原因のひとつにあげられるかもし れない。
4.その問題をどのように解決したいのか
選択肢としては次の4つがある。
・放置する
・別れる
・関係改善のために対話の努力をする
・冷却期間をおく(別居)
この中から社長は、「やりたい度合い」を次のように決めた。
・放置する(10%)
・別れる(5%)
・関係改善のために対話の努力をする(60%)
・冷却期間をおく(別居)(25%)
5.これからどのような行動をとるか
三番目の「関係改善のために対話の努力をする」と決めた。決めたからにはそれに向けて100%の努力をすると誓った。まず は、今週中に妻と二人で食事に行き、話し合ってみることにした。また、叱ってしまった時には、36時間以内に関係改善の ために次のことを行うことにした。
・おわびの意味で宝石かアクセサリーを贈る
・ホテルの食事に連れて行く
・妻が大好きなミュージカルに誘う
最後に、このプロジェクトの名称を「横綱プロジェクト」とした。横綱になるには心技体のバランスが必要であるように、この社長も心の強化をしたいという願いがあるようだ。
この名称を聞いた瞬間、私はこのプロジェクトの成功を信じた。夫婦にかぎらず、「問題の原因は自分にあり、解決の鍵を握っているのも自分だ」と思っている人がいれば、二人はうまくいく。
経過報告を聞くのは一ヶ月後になっているが、楽しみだ。