先週後半は「ウォークマン」成功の鍵はどこにあったのかをテーマにした。次の五つの中からひとつ番号を選び、その理由をご回答いただきたいとお願いしたところ、予想を上回る 103名のご協力をいただいた。一部、複数番号を選んだ方がみえため 107件の回答がある。
さっそく金曜日号で速報したが、その後も増え続け、ランキングが次のように若干変動した。
・1位:30票
機内できれいな音で音楽を聴くモノが欲しいと言った井深氏
・2位:28票
予期に反して冷たい反応を示した当初の市場にあって、それを人気製品にしたマーケティングチーム
・3位:25票
試作機をみて事業の可能性に気づき、製品化を命じた盛田氏
・4位:21票
井深氏の命を受けてすぐに試作機を作ったオーディオ事業部長
・5位:2票
実際にウォークマンをデザインし製品化したエンジニアチーム
実は、1位から 4位までこれだけ拮抗するとは予想外だった。また、5位がこれだけ低評価になるというのも意外だった。木曜日号における私の文章が、エンジニアチームのご苦労をほとんど伝えていないためにこうした結果になったと思うが、実は「Mr.ウォークマン」と後にいわれるようになり、ウォークマンの成功で役員になった幹部がエンジニアチームから出ているのだ。
いずれにしても、どれが欠けてもウォークマンの成功はあり得なかっただけに、あえてひとつだけ番号を選ぶのは困難だったと思う。
あえてひとつ選ぶ基準として「自社に足りないものを選んだ」、「自分が今置かれている状況で判断した」という声があったが、おそらく多くの方がそうだろう。
103通の回答すべてに理由が付けられていて、それを読むだけで私も大いにためになった。「武沢さんの意見を楽しみにしています」という声が多く、実はプレッシャーにもなっている。
私の意見は「2番」である。井深氏の命を受けてすぐに試作品を作った事業部長が一番大きな鍵を握っていたのではないかと考えている。
試作品を作るスピード(納期)や試作品の品質、いずれが欠けてもこのプロジェクトはうまくいっていない。いや、プロジェクトすら始まっていないこの段階で、役員を驚かし事業化を発案させる試作品を作った事業部長こそ影の MVP ではなかろうか。そしてこの手の人材が中小企業にもっとも欠けているように感じるのだがいかがだろう。
司馬遼太郎が「革命を成就する条件」として、次の三つのタイプの人材が揃うことだと言っている。
1.思想家(コンセプトメーカー、革命の初期段階で不可欠)
2.戦略家(「思想」を実際行動に結びつける役割を果たすリーダー)
3.技術者(革命を仕上げるための高度なオペレーションを担当する)
この三つのタイプに優劣はない。それぞれに役割が違うだけである。
明治維新で言えば、水戸藩の藤田東湖や長州の僧・月性、吉田松陰などの「思想家」が、著述活動や教育活動によって新しいムーブメントを創り出す。このままではおかしいぞ、体制を変えようではないか、というわけだ。
ついでその思想の影響を受けた高杉晋作、久坂玄瑞などの若手がリーダーシップを発揮して「戦略家」として縦横無尽に働く。ゲリラ活動や時にはテロ行為を働いてまで既存体制をゆさぶり、自組織を作りあげていく。
そして革命の総仕上げをするのは「周到(しゅうとう)の才あり」と松陰に評価されていた伊藤博文や井上耳多(もんた)、それに医師兼兵法技師でもあった大村益次郎などの「技術者」が革命をきっちり完成させ、明治政府を作りあげる。
「思想家と戦略家は革命を見ずして非業の死を遂げる」と司馬。
たしかに明治の時代まで生き延びて元勲になった人の多くは革命の総仕上げを担当した人たちである。本当の革命勢力の多くは竜馬も含めて明治まで生きながらえていない。
「技術者」の筆頭格・薩摩の大久保利通の場合は明治でも大活躍したが、西郷隆盛は「戦略家」なのに生き延びてしまったため、明治という自分たちがつくった国家が嫌でたまらなかったのだろう。それが西南戦争につながるのだが、ここでは余談。
この司馬仮説をウォークマン成功物語に当てはめるとどうなるだろうか。
「思想家」・・・こんなモノが欲しいといった井深氏
そのプロトタイプを作った事業部長氏
「戦略家」・・・プロトタイプを見て事業にゴーサインを出した盛田氏。
「技術者」・・・製品開発を担当したエンジニアチームとその販売を担当したマーケティングチーム
事業部長を「思想家」に入れたのは、世の中に現存しないものを初めてデザインするご苦労を考慮してのもの。ある意味では「こんなモノが欲しい」「こんなのがあったらイイ」という意見なら誰でも言える。その程度では「思想家」とは言わせない。だが「やれるはずだ!」
「うちがやるべきである」と部下に命じた井深氏は立派な思想家である。
あなたの会社やプロジェクトチームにも「思想家」「戦略家」「技術者」を集めよう。社内で足りなければ外部に求めてもよい。
一番少ないのは思想家、次に戦略家であろう。あなたの会社に足りないのはどんな人材だろう。それをどう補っていけばよいのだろう。
そうした視点で経営計画やプロジェクトのあり方を見直すと新しいものが見えてくるはずだ。
【編集後記】
◆会議のとき、あの社長は社員に「たまには息抜き」しなさいとか「骨休め」しなさいと言いたかったのでしょう。しかし、何を間違ったのか、「ちゃんと骨抜きしなさいよ」と言っていました。
私は「骨抜きじゃだめでしょ」と言おうとしましたが、その場の誰も気づいていないようなので、私は我慢しました。帰りの電車でそれを思い出し、ひとりでニヤニヤしていたら正面の人に変な目で見られました。